interview

KOBE – Asia Contemporary Dance Festival #01

2010年01月12日

2009年と2010年をまたいで、Kobe-Asia Contemporary Dance Festival #01が開かれます。主催はNPO法人DANCE BOXで、2001年に始まったAsia Contemporary Dance Festivalの後継として、新たに拠点を神戸・新長田に移しての開催です。アジアの最先端のダンスが一度に見られるこの機会をどんな思いでつくったのか、担当者の横堀さんに伺ってきました。出演アーティストのおすすめポイントと併せて、ご覧ください。

写真提供:DANCE BOX
インタビュー・構成:国頭郁美


K O B E – A s i a C o n t e m p o r a r y D a n c e F e s t i v a l # 0 1 へ の 思 い


国頭
このフェスティバルは「アジアで今生まれてきている新しいダンスの傾向を、この機会に一気に紹介する企画」と伺っていますが、なぜアジアのダンスを紹介しようと思われたのですか?

横堀
DANCE BOXは、神戸に来る前、大阪の千日前にあるTORII HALLにいた2001年に、Asia Contemporary Dance Festivalを既に始めていました。その後、大阪のフェスティバルゲートにDANCE BOXの拠点劇場としてArt Theater dBをオープンした時に、DANCE BOXの芯になるプロジェクトのひとつとして、Asia Contemporary Dance Festivalを2002年、2003年、2004年、2007年の4回行いました。

OSAKA - Asia Contemporary Dance Festival 2007
OSAKA - Asia Contemporary Dance Festival 2007


開催の初期の段階から感じていたのは、アジアから来たアーティストの容姿や雰囲気が日本人とよく似ていても、彼らから出てくる表現に多様な違いが見える、その魅力でした。その違いとは何かと考えてみると、自分が生きていく上で、何を信条にしているか、その根本にあるものがまず違うんだと思いました。また違いだけではなく、どこか似たような感じ、共通した感じを味わうこともあったりしました。そういった感覚を容易に「アジアらしい」とか、なにか言葉にまとめようとするのではなく、表現を通してもっと追求したい、というのが、この企画を続ける動機になりました。

国頭
アーティストのバックグラウンドを通して何が見えてきましたか?

横堀
例えばインドネシアからダンサーが来た時に、その人の表現のベースになっているバックグラウンドが、バレエではなくて伝統舞踊だったり宗教であったりします。根本的に自分を支えている「生」ということが、明らかに今の日本の状況とは違うな、というのは感じますね。じゃあ日本人の私たちには何があるんだろうと思いました。作品を見ていると、強固なまでにその人を支えているものが見える時があるんですよ。そうすると、この人たちの土台になっている物語は、日本人である自分たちにとっては何だろう、と。自分の根っこは何だろうということを、考える機会にもなったりしていたんです。そういうことから始まって、ごく初期の頃は、パイオニアとまではいかないけれど、その国の中では際立った活動をされている方を沢山お呼びしていました。今どんどんネットワークが広がっていく中で、若手だったり、もっと実験的なことをしている人たちと出会えるようになってきたので、今回のDance Circus Asia編では、新進気鋭の世代を中心としたアーティストを呼んでいます。

yokobori_2002

Eko Spriyanto(インドネシア)2002年

yokobori_2003

ムン・リー(マレーシア)2003年


ピチェ・クランチェン(タイ)2007年
ピチェ・クランチェン(タイ)2007年


国頭
では、このフェスティバルを見ることによって、アジアの中の自分や日本に気づけるということですか?

横堀
コンテンポラリーダンスなので、見る人の状況によってよって気づくことは違うと思うんですよ。ただ、気づくということで言えば――これはラジオ局でピチェが言っていたことで、明解だなと思ったことなんですけれど――アジアから表現を生み出すことと、ヨーロッパから表現を生み出すことの違いは、アジアの考え方や知識の重なりといったものはアジアの自然や風土から生まれてきていて、その思想や文化、哲学を文字で表現するのではなくて、“からだ”に表していくことなんだ、と。そして、異なる宗教や価値観を持っている民族が隣り合って生きている。そんな土地に生きているからこそ出てくる表現が確かにあるんだと思います。

例えば、日本でいろいろなコンテポラリーダンスに接している中で、「これはこうだから面白くない」とか、何かある一定の基準や価値で、いろいろと育まれている表現を評価してしまうのではなくて、もっと多層なレベルで生まれてくる価値のあることに、いかに気づいていけるか、また「ひらいて」いけるか、ということを思いました。



ア ジ ア の コ ン テ ン ポ ラ リ ー ダ ン ス


横堀
私は去年助成金をもらってアジアを3ヶ月廻って、その後ニューヨークに行ったんですけど、コンテンポラリーダンスという意味合いや、その場所における意義が、地域によって全然違ったことが興味深かった。例えばインドネシアのソロで訪ねたところは、伝統舞踊のコミュニティの一つだったのですが、そこでは伝統舞踊もコンテンポラリーであると考えられていました。伝統舞踊というのは、過去のものではなく、今までも時代の要請に合わせて、ゆるやかに、しなやかに変化しているものだと。今でもそこで活動している人の中には、伝統舞踊とその精神性が芯として体の中に息づいている。

ソロ芸術大学・スタジオでの稽古風景
ソロ芸術大学・スタジオでの稽古風景


逆に、フィリピンに行った時には、コンテンポラリーダンスはインディペンデントな表現であるということをすごく感じました。象徴的だなって思ったことがありました。フィリピンでは唯一のコンテンポラリーダンスのフェスティバルが年に一度開かれるんですが、そのフェスティバル以前は、コンテンポラリーダンスをやろうとしているアーティストたちが、自分たちのスタジオを劇場にしていたんです。照明を入れて、お客さんを招き入れて、劇場に仕立て上げていた。そういうところが3、4チームくらいあったんですが、それらが同じ時期に自主企画を行い、スタジオマップをつくったのが、このフェスティバルの始まりです。それが、だんだん規模が大きくなって、今はフィリピン国立文化センターを4日間借り切ってやっているらしいんですね。そうなってみると、このフェスティバルが開かれることによって、コンテンポラリーダンスの間口が広がって良かったという人と、コンテンポラリーは独立した表現であるのに、国の庇護する場所で表現をするなんてありえない、という人がいたそうです。このように、地域によってコンテンポラリーダンスの意義が全然違って、すごく面白いと思いました。

やっぱり、そこの土地に住んでいるからこそ、この表現の意味が分かる、この表現の意義が分かるということがあるんですよね。その場所のコンテクストと表現が、すごく密接なかたちで繋がっているということが。だから外国人の私が見たときに、作品を見ただけでは、決してその表現が意図するものが分からないということもありました。この作品をその国で上演されているまま日本に持ってきたところで、意図が本当に伝わるものになるのかと、すごく思いました。同時に、日本でのコンテンポラリーダンスは、日本の文脈を離れても、どこでも作品として成立するんじゃないかなとも思いました。それはどういうことなんやろうと。今後フェスティバルをするときには、そういうことも含めて考えていきたいと思っています。

ギャラリー兼オルタナティブ・スペース「Green Papaya Art Projects」でのワークショップ終わりの風景
ギャラリー兼オルタナティブ・スペース「Green Papaya Art Projects」でのワークショップ終わりの風景


国頭
では、今回Dance Circus Asia編に日本人のダンスが含まれているというのは、アジアの文脈と密接に繋がったダンスとの対比の意図もあったのですか?

横堀
対比を見せるというよりも、もっと国内のアーティストを巻き込んでいきたいなという思いがあったんですよ。どういうかたちで巻き込むと面白いことになるかなぁと思った時に、誰かの、例えばピチェの作品に出演してもらうこともひとつの巻き込み方やけど、なんか今はそれも違うなと……。プロデューサー主導の「あなたとあなた、合うかもしれないから作品を一緒に作って」というケースのような、急いだアーティスト同士のつなぎ方ではなく、ゆるやかな、広場のような器の中でアーティスト同士が一緒にいて、お互いに表現を見合ったりして、何かあって上手く生まれることもあるし、生まれないこともある。でも思うことがあれば、「次何か一緒にやろう」みたいなことになるのも面白いと思っています。

アジアを回っていて思ったのが、ダンスフィールドの中でやっている人よりも、そのダンスのフィールドの外からダンスの作品を作ったのがすごく面白かった。異化作用みたいな、全然違うものが隣り合わせにある中で、何か面白いものが出てくる可能性ということも考えていて。面白い表現はどういうところから出てくるんだろう、いろいろ試してみたいですね。



各 プ ロ グ ラ ム と 出 演 者 に つ い て


国頭
今回の出演者を選ばれた経緯と、各プログラムについて教えてください。

〈 ピチェ・クランチェン『I am a demon』 〉

photo: Chakorn Amornset
photo: Chakorn Amornset


横堀
ピチェは、2003年にDANCE BOXのアジア・コンテンポラリーダンスフェスティバルに初めて呼んで、「うわ、こんなに面白い人がいる!」ということで、2004年にもう一回続けて呼んだんですよ。2007年には大阪に3週間滞在して、関西のアーティストと一緒に作品をつくり、沖縄と益田にツアーで回ったり、山本能楽堂で踊ってもらったりしています。DANCE BOXにとっても、ピチェと一緒に仕事をすることで刺激を大いに受けるし、協働している感覚があるので、神戸に拠点を移してまずピチェに来てもらいたいと思いました。

ピチェから受ける刺激というのは――私にとってですけど――時間のながれ、歴史や記憶ということを常に問われる気がするところです。そして、自分の作品やプロジェクト、また芸術家の使命、芸術活動が担うべきこと等を、常に明解な言葉で他者に伝えることです。彼のルーツである仮面舞踊劇コーンというものは200年ほど前から受け継がれてきて、様々な歴史をはらんでいるのですが、ピチェは、そのコーンはみんなのものである、と言っています。現代のものとしてコーンを生かしたいということを聞き続けています。どういう流れの中で自分が今ここにいるのか。地理的なこと、アジアの中にいることも含めて、時間の流れとしての縦軸と、空間の広がりとしての横軸におけるポジションについて、いつも刺激を与えてくれます。

〈 新長田のダンス事情(仮称) 〉

宮本博史さんと協働する「新長田のダンス事情(仮称)」、これはちょっと異色のプロジェクトで、DANCE BOXが新長田のまちを知ろうと始めたプロジェクトです。新長田にある様々なダンスのコミュニティを取材し、それを紹介していくというのが大きなコンセプトで、今日も宮本さんと一緒に取材に行ってきました。FMわいわいというラジオ局があって、そこのディレクターの方に、地域の中でダンスを行っているところを紹介してもらってきたんです。新長田は、沖縄や奄美から移住してきた人が多いので、今日は朝から、神戸奄美会という沖縄・奄美出身の方たちが琉球舞踊を稽古する集会所に行ってきました。この場に根ざしているダンスを丹念に見ていきたいと思っています。これは5年かけてやっていきます。

宮本さんとは、DANCE BOXの2005年の「Be-wonder」というプロジェクトで、お会いしました。地元のお年寄りにインタビューをして、そのインタビューを元に作品を立ち上げていくプロジェクトで、その時に映像担当として宮本さんに関わっていただいたんです。その後もまめに宮本さんの活動状況も教えてもらっていました。宮本さんの『AHA!』というプロジェクトは、今は上映するための機材が無く、自宅の押し入れに眠っているような8mmのフィルムを掘り起こしてきて、あるコンセプトのもとでその掘り起こしたビデオの上映会をするというものです。記憶や記録、映像やメディアをひとつのツールにしてコミュニケーションをとっていく。そして、それが媒介になって出会いが成立する、そういうことを宮本さんは進められています。一緒に今、コミュニティのところにいろいろ取材に行っていて、私たちもまちと出会いはじめているところです。いろいろなコミュニティで出会ったダンスを広げてみたら、新長田のまちが見えてくるという企画です。

〈 Dance Circus Asia編:Solo Collective 〉

photo: BANG Sung-jin
photo: BANG Sung-jin


イ・ソンアは韓国の新世代のアーティストです。今まで私たちが呼んできた韓国のアーティストは結構年配の方が多くて、儀式性の強いものだとか、情念や感情、意味性であったり、ある意味説明性の強いものを持っている方が多かったんですけれど、彼女は動きそのものから意味性や感情を全部排して、動きだけの面白さを追求している人なんです。こういう人が出てきたのか、と驚きました。そこに惹かれています。

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リュ・ソックンは、結構年配の方なんですけれど、すごく強靭な肉体を持っているんですね。イスラエルのスザンヌ・デラル・センターに行っていたり、新国立劇場に出ていたりと、かなりキャリアのある方です。彼の繰り出してくる動きは、次が読めない。ダンスそのものの面白さを感じられられる人だと思っています。アジアでのダンスの傾向は、いろいろな方向があるとは思うんですけれど、感情や意味、象徴性を取っ払ったところで動きの面白さを追求する方向のアーティストがすごく増えてきているなと感じるので、今回はそういった傾向の人も選んでいますね。

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マ・エレナ・ラニオグは、2007年に大阪パフォーミング・アーツ・メッセが招聘をしていて、そこで出会いました。彼女はバレエをベースにしています、彼女の興味深いところは振付を開発していて、なんとなく「コンテポラリーダンスってこういう動きやんね」って感じではなく、彼女自身の独特の動きを作ってくる。すごく計算して構成を作っているんですけど、それが彼女の踊らざるを得ない衝動と相俟って、とてもダイナミックなムーブメントを生み出してきます。

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スーハイリーはマレーシア出身です。2009年7月に山下残さんのプロジェクトに同行してマレーシアに行った時に偶然彼女の10分くらいのピースを見ることができて、面白い人がいるもんだなって思ったんです。作品には社会性を孕んでいるテーマがあって、使用した音楽の意図や言葉も含めてどういうことを指しているのか、分からないところはあったのですが、そういう視点を持ちながら、非常にポップな感覚で作品を提示している人で、軽やかに感じました。絶対いつか呼びたいと思っていて、今回この機会に。初来日です。

写真:阿波根治
写真:阿波根治


岡登志子さんは、DANCE BOXとは、アンサンブル・ゾネというカンパニーの公演でご一緒させていただいていたんですが、岡さんのソロそのものをDANCE BOXで見る機会は、ここ最近ずっとありませんでした。それが、DANCE BOX代表の大谷が、昨年の11月に開催された芦屋美術館で岡さんのソロダンスを見て、すごく良かったと興奮して帰ってきました。わたしたちもアンサンブル・ゾネで岡さんの振付の魅力をずっと見てきたので、その振付を作っている張本人のダンスを久しぶりに見たいというのが理由です。

写真:松本和幸
写真:松本和幸


山田知美さんの前の作品は、ずっと頭を振り続ける、ダンスが持っている根源的なものを見せるものでした。今回は新作ということで、何が飛び出てくるかまだ分からない。踊らざるを得ないことと、「これしか私できません」ってことに忠実で、今回の出演者の中では圧倒的に個性が強いんじゃないかなと思います。

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南さんは、昔は京都をベースにしていて今は埼玉に移りました。彼女は美術出身で、美術作家の視点から身体を造形的に見る傾向があるなと思うんですが、振付の作り方も何か独特なところがあるんですよね。虫みたいだったり、非人間的に見えたりして。細かい振付を作品として構成する力が、最近はめきめきと手堅くなっていると思っています。今年の横浜のダンスコレクションに選ばれている、注目のアーティストの一人です。

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イム・ジョンミは韓国人です。ソウル出身で、日本に2002年に来て、去年大学院を卒業したんですが、韓国に戻っても自分の表現が受け入れられる土壌がないということで、日本に残っていると聞きました。彼女の魅力は、静と動のダイナミックな往来だと思っています。今回新作なので、何が出てくるのか見逃せません。

〈 黄大微(ディック ウォン)∞川口隆夫∞今泉浩一『Tri_K』 〉

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『Tri_K』は、もともとはこのフェスティバルが実施されるかどうか決まる前から神戸で開催することが決まっていました。出演者のディック・ウォンは、香港のアーティストで、アイデアの玉手箱みたいな人ですね。彼が去年に東京に来て、彼の作品『Encounter@Tokyo』を捩子ぴじんさんと作ったんですけど、その時の通訳が川口隆夫さんだったり、お客さんに今泉浩一さんが来てくださったりしていて、一緒にディックと作品を作っていきたいなということで始まりました。これは本当にアーティストから生まれた企画ですね。この作品は東京で作られてから、神戸に来ます。できたてほやほやの作品です。この後に香港芸術節があって、その後リスボンでツアーされます。関西では神戸だけです。

最初チラシにキャッチコピーをつけるか迷っていた時は、「ひとりから立ってくる」ということを考えていました。今回のプロジェクトに関しては、どのプログラムも、「ひとりでいかに立つか」ということがあると思います。一つのからだから屹立してくるような表現を見ていきたいなと思っています。

2009年12月21日(月) DANCE BOXにて



横堀ふみ
大学在学中にバリ舞踊に触れ、生活と芸術(芸能)とのあり方に驚き、いま日本で生まれているダンスの現場に関わろうとNPO法人 DANCE BOXに所属、11年目をむかえる。コンテンポラリーダンスを中心とした公演制作を担当。平成18年度文化庁新進芸術家国内研修制度研修員。平成20年度ACC(Asia Cultural Council)のグラントを得て、約6ヶ月間にわたり、アジア6カ国とNYにおいて舞台芸術の実態調査を実施。おもな公演制作として、2005年dB特別企画「GUYSIII」(大阪現代演劇祭参加/会場:仮設劇場“WA”)、2005年〈dB international works〉Be-Wonder(オランダ)大阪滞在制作『The Garden of Eros』(会場:Art Theater dB)では地域のお年寄りとの作品制作のプロジェクトリーダー、2007年「OSAKA-Asia Contemporary Dance Festival 07」(大阪現代芸術祭/会場:Art Theater dB)でピチェ・クランチェン大阪滞在制作『テーパノン』を企画・制作し、同作品を2007年12月に沖縄、益田(島根県)を巡回するツアーを担当、等。現在は、劇場で作品を製作し発信していくこと・劇場間でのネットワークづくりなど、劇場空間がもつ可能性に興味がある。

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