interview

ART COMPLEX 1928 in Kyoto × CONDORS from Tokyo since 1999 特集!! 第一弾

2009年12月3日

ひとつの劇場とひとつのカンパニーの10年にわたるタッグ。かたや京都の、小さいけれどシステムに挑戦し続ける劇場、アートコンプレックス1928 。かたや東京を基盤に活躍する、あらゆる枠組みをぶち破る超個性的人間集団、コンドルズ。両者の他に例をみないおつきあいには、それぞれの成長やサクセス・ストーリーにとどまらない結びつきや、周囲を巻き込む過剰さがある。そう確信したdance+は、公演前後にわたる特集を組んで、1999年に遡る、その密で濃ゆい関係に迫りたいと思います。まずは、アートコンプレックスグループ統括プロデューサーの小原啓渡氏、コンドルズプロデューサー兼出演者兼ROCKSTAR(有)社長の勝山康晴氏への一問一答インタビューをお楽しみください。

写真提供:ART COMPLEX 1928/THE CONDORS
インタビュー・構成:中川みとの、古後奈緒子


コンドルズ京都スペシャル公演第拾壱弾『2010年ダーウィン』

日時:2009年12月25日(金)19:30開演   
   2009年12月26日(土)14:00/19:00開演    
   2009年12月27日(日)13:00/18:00開演    
    ※開場は開演の45分前
場所:京都『アートコンプレックス1928
URL:コンドルズ



予約チケットは完売していますが、全公演、当日券が出ます。  
お問い合わせはアートコンプレックス1928  
TEL. 075-254-6520(10:00-19:00 火休) MAIL. info@artcomplex.net まで




プロデューサーが語る 
アートコンプレックス1928十周年記念×コンドルズ京都スペシャル公演第拾壱弾『2010年ダーウィン』

に至るまで




 最初に出会われたときの、お互いの印象は?

小原:コンドルズとの最初の出会いは、1999年3月のグローブ座、シンポジウムで東京に集まったダンス関係者数名と観ました。 衝撃的でしたね。 新しい! と思ったし、一見バカっぽくて、荒削りだけど、実は色んな意味で深くて、ジャンルや常識を超越してる、しかもその超越の仕方が何とも軽やかで、すがすがしい。 ちょうど新しい劇場を立ち上げようとしていた時期で、劇場のコンセプトが「アートのコンプレックス(複合)」だったから、「これだ!!!」って思いましたね。一緒に見た他の人たちは概ね批判的でしたが、一人で盛り上がってました。みんなに「ダンスを知らないやつ」って感じで白い目で見られてましたけどね……。当時のコンテンポラリーダンスは、全体的にもっと「マジメ?」でしたから……。

勝山:1999年春の大勝負、初の東京グローブ座公演の大勝利に酔いしれている時に小原さんから連絡が来たんです。小原さんは同じ人種だと思った。僕たちと同じで、どこかしら世の中に退屈していて、野蛮な夢を持っている目をしてましたから。アーコン(アートコンプレックス1928のこと)も一発で気に入りました。秘密基地みたいな場所、みんなをビックリさせるようなことを密かに創り上げるには最高の場所だと思いましたね。


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 タッグを組むことになった具体的な決め手は何だったのでしょう?

勝山:直感。理由も決め手もクソも、即、一発決定です。小原さんに出会って、アーコンを見れば、迷う必要なんてありません。今は、あたりまえのように、日本全国、世界各国で公演をやってるけど、これが初めての地方公演だったんですよ。その記念すべき初の地方公演が、この秘密基地みたいなとこから始まるなんて最高だし、こけら落としなんて景気いいじゃないですか。初の地方公演だから、僕たちもドキドキしてたけど、こけら落としだから、劇場のスタッフもドキドキしてただろうし、そういったドキドキのテンションの高さがシンクロしまくってることは、物凄く重要なことだったと思います。そのエネルギーが劇場に満ちていたことが素晴らしかった。公演ってのは出演者だけじゃなく、照明さんとかだけでもなく、もぎりの人もお手伝いの人も含め、全員で創るモノだからさ。

小原:当時日本では、アートの世界でもダンス・演劇・音楽・美術など、意外に縦割りで、「コラボレーション」の概念はありましたが、「融合」というか「メディアミックス」な感じのものはほとんどなかったですね。自分には「創造はカオスから生まれる」という思いがあったので、どうしても「コンプレックス」にこだわりたかった。そういう意味で、コンドルズは「アートコンプレックス1928」のこけら落しに最高のカンパニーだと思ったんです。コンドルズって、近藤良平をはじめ、超個性的な人間の集合体で、作品の内容もまさにカオス! ダンスはもちろん、演劇・映像などあらゆる要素が混在していて、それが絶妙に調和している! 懇意にしていた関西のカンパニーや関係者から「なんでこけら落しがコンドルズなの?」「なんで地元じゃなくて東京なの?」と皮肉も言われましたが、「東京だろうが関西だろうが、ええもんはええねん!」と突っぱねました。

 それぞれ、地域ではまだ知られていなかったカンパニーのプロデュースと、初のアウェイでいきなりこけら落とし公演でした。ご苦労などは……。

小原:当時コンドルズは今みたいに知名度がなかったし、地方公演の実績もなかったので、さすがにチケット売るのは大変でしたね。でも、苦労って感じではなかった。良平だけじゃなくメンバー全員、なんか個人的にすごく好きになったし、「一緒に遊びたい!」って感じと、「2、3年続ければ、絶対イケる!」っていう変な確信があったから、わくわく感の方が強かったと思います。

勝山:うちは苦労なんて、別になかったですよ。いつも通り、命の限り情熱を燃やしてトライするだけです(笑)。


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 それから毎年の公演は、お互いにとってどんな意味を持つように?

勝山:新しいホームを手に入れた感じ。みんながみんな、世界中にホームが出来れば、戦争とかもなくなるんだろうなあ、とか思います(笑)。あと、京都公演だけは、公演中に地下の飲み屋アンデパンダンで、お客さんとも一緒に飲んじゃったりするんだけど、そういう機会があるのも京都公演の良いところですね。いつも応援してくれているお客さん達に直接お礼も言えるし、お酒もついであげられるし。でもそれは、アーコンでの京都公演だから許されるんですよね。そういう特殊な性質がある公演です。年末にやる踊り納め公演なんだけど、ちょうど1年を締めくくって、ゼロに戻してる機会かもしれないです。

小原:年一回のコンドルズ公演は、アートコンプレックスが「コンプレックス」というコンセプトを発信し続ける姿勢の表明で、その「軸」がブレずに毎年太くなっていったという感じです。劇場には何らかの色(コンセプト)が必要だと思いますが、コンドルズがアートコンプレックスの象徴的な色なんだと思います。そしてこの「色」は、小原啓渡というプロデューサーとしての「色」でもあり「軸」だと思っています。当時は「エンタメ系のプロデューサー」と揶揄されることもありましたが、プロデューサーが自分の感性や「見る目」に自信をなくしたら、それはこの仕事を辞める時だと思います。そういう意味で、コンドルズが躍進することで「自分の見る目に間違いはなかった」っていうプロデューサーとしての自信にも繋がりましたね。

 10年のおつきあいの間に、ともに変わったと思うところは? あるいは、ここだけは変わらないといったところは?

勝山:変わってないのは、野蛮なとこ。京都公演はなんか、毎回、コンドルズを始めた時の初期衝動が甦ってくるから。変わったのは移動が新幹線というのが定着したこと。昔は金がなくて、大垣夜行とか自分で車運転してきてたんだから。あとは、第一旭とかのラーメンを食べなくなったことかな。酒はみんな、相変わらず飲んでるけど。

小原:コンドルズほどじゃないけど、アートコンプレックスもそこそこ知名度を上げてきたし、拠点も増えた。でもどちらも本質的な部分では変わってないと思いますよ。良平も勝っちゃんも、ケンちゃんも他のメンバーも、これくらい売れてきたらちょっとくらい偉そうにしても不思議じゃないのに、そんなところがカケラもない。いつも「素っぴん」っていうか、タテマエとか立場で人と向き合うんじゃなくて……、自分に正直に生きてる感じがして、それはずっと同じ。根本的な世界観も、舞台に向かう姿勢も変わってないと思う。


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 今後、それぞれ次のステージはどのようにイメージされていますか?

小原:今は1928だけじゃなく、他にもいくつか拠点ができてグループ化してますが、基本的には拡大路線をとるつもりはないんです。立ち上げ当初から、施設としては6か所が限度、僕が直接かかわれる中心スタッフも12人だと公言しています。現在では、ほぼその状態になっているので、次のステージは、数量ではなく質をより高める事と、舞台やアート界全体を変えるような新しいシステムの構築をやりたい。業界の常識や慣習を打ち破る考え方やシステム、簡単じゃないとは思いますが、この10年、常に実験と検証を続けてきたので、そろそろ現実にしていきたいと思っています。失敗してもいいから、人のやらない、他ではできないことに挑戦していく集団でありたいと思ってますし、ぶっ倒れても、それが自分の生きざまなら、納得ですよ。有難いことに、スタッフも似たような考えを持ってますね。

勝山:目標が、打倒ローリングストーンズ! なので、ますますタフな生き様を見せつけてゆくことが必要でしょう。次のステージってよりも、かっこいい生き様を追求し続けるよう、メンバー達に仕向けることが大切かな。
コンドルズは技術うんぬんじゃなくて、「生き様」を見せて、金もらってる集団なんだから。

 そのために今回の公演はどんな意味を持つと思われますか?

勝山:別に10年だからって何か特別でもないと思うので、そんなに意味はないかな。ただ、 初めてこけら落とし公演やった時に、「10年続いたら凄いよね」って、メンバーとも小原さんとも劇場スタッフさんとも冗談で話してたんだけど、それを実現させたことは素晴らしいです。有言実行のコンドルズとアーコン、不屈の野望を見せつけた気分です。国民栄誉賞とかください。ま、ケガも事故もいっぱいあったし、チケットが売れなくて大変な時もあったけど、ここ数年はチケット約1500枚即日完売、今年もそうだよね。しかも、チラシを撒いて宣伝する時間もないうちに、ネット告知だけで即日完売だもん。確か最初の公演が、一生懸命宣伝活動とかして、500人くらいからのスタートだから、これは凄いよ。毎年の京都公演を、お客さんが物凄い楽しみにしてくれている証なんだろうね。それが本当に感激します。ありがとう。僕たちコンドルズもアーコンのスタッフもみんな楽しみにしているんだけど、きっと、それこそ、その「楽しみにしている」っていうテンションの高さが、アーコンに集まった全ての人でシンクロしてるんだよね。メンバーもスタッフもお客さんも。そんな無条件幸福な時間って、この世にあんまないよ。そういう無条件幸福なエネルギーに充ち満ちているのが、コンドルズ×アーコンの京都公演の最大の魅力だと思うんだ。だから今回に限ったことじゃないけど、京都公演に意味があるとすれば、ほんの少しかもだけど人類を幸せにしてる、ってことじゃないかと思います(笑)。あとは、どんな逆境になっても、もう無理矢理力ずくで、好きなことを好きでい続けること、やりたいことをやり続けること、の偉大さを証明してみせていることだね。

小原:取り立てて今回の公演は、ってことはなくて、今まで通りワクワク感をもって楽しくやりたい。ただ10年続けてこれたってことは感慨深いです。ズメちゃんが骨折したり、こうじろうが本番中に額をぶつけて血流しながら踊ったり、色々ありました・・・。これからも色々あると思うけど、この公演だけはずっと続けたい。コンドルズはアートコンプレックスの「魂」みたいなもんだから、現実的な限界はあったとしても、魂は死なないわけで、アートコンプレックスにとって、コンドルズは永遠に「永遠」ですよ。


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アートコンプレックス1928/ART COMPLEX 1928
小原氏が統括プロデューサーを務める、アートコンプレックスグループの劇場。1999年に、カフェやギャラリー施設を擁して生まれ変わった元大阪毎日新聞社京都支局ビルにオープンし、コンドルズのこけら落とし公演で話題をさらう。以来、クリエイションに関わる様々な立場の人々が集まる場として、京阪神になくてはならない文化の創造拠点、演劇の流通システムにおける実験場となっている。1928年に建設され、京都市登録有形文化財に登録されているビルそのものも必見。

コンドルズ/THE CONDORS
男性のみ学ラン姿でダンス、生演奏、人形劇、映像、コントを展開するダンスカンパニー。20ヶ国以上で公演し、ニューヨークタイムズ紙で絶賛され、渋谷公会堂公演を即完超満員にするなど数々の伝説を持つ。振付出演にNHK「サラリーマンNEO」、「テレ遊びパフォー」、「からだであそぼ」、舞台NODAMAP『パイパー』など。劇団EXILEへの客演、映画『ヤッターマン』振付担当、『コンドルズ血風録』出版など多方面で活躍する。主宰の近藤は朝日舞台芸術賞寺山修司賞受賞。TBS「情熱大陸」、雑誌「AERA」その他で取りあげられる。バンドプロジェクト・THE CONDORSは日産NOTE、カルピス健茶王TVCMにタイアップし、NHK総合「MUSIC JAPAN」他に出演。現在、NHK「こんどうさんとたいそう」、「みいつけた!」、ラジオ「NG」(インターFM76.1MHz)などにレビュラー出演中。

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