【暑い夏11】ダイアローグ クルト・コーゲル × 住吉山実里・箕浦慧・山下健一
2011年06月27日
クルト・コーゲル 空間における身体の知覚、感覚を探求する/場と関係性を創造する/流動する/開き続ける/場を区切る。他者と触れ合う中で動きがどのように変わっていくのかを体験します。空間と関係性に耳を澄ましながら、より豊かな気づきを得ていきましょう。そして、空間での共振を深めるためにシンプルな選択をすることによって状態を変容させていきます。ストラテジーやツールを理解し使いこなすことで、構成されたかのような即興的なパフォーマンスが現出するでしょう。
KURT KOEGEL クルト・コーゲル (ドイツ/フランクフルト) 分析的かつ丁寧な彼のコンタクト & インプロヴィゼーションの指導は、あらゆる受講者に好評を博している。ニューヨークでダンスと建築を10年間学んだ後、拠点をヨーロッパに移し、パフォーマー、振付家そして指導者として活動している。ウルティマ・ヴェス、ローザス、ガロッタ、PARTSなどヨーロッパの一流カンパニーなどで指導を行っている。ヨガ、フェルデンクライス、ボディ・マインド・センタリング、ロック・クライミングなどの知識を活かし、より効果的な指導を探求し続けている。目標とするところは、自然と社会環境に対する理解を踏まえた、より効果的なコンテンポラリーダンスの享受方法を探求すること。フランクフルト音楽・舞台芸術大学教授兼コンテンポラリー・ダンス教育学研究科学科長。
さまざまな立場から建築に関心をよせる受講生3人(住吉山実里、箕浦慧、山下健一※五十音順)が、クルト・コーゲルに京都の建築を案内して歩き、一日を振り返って話をしてくれました。映像でのリリースを予定していたのですが、音声の問題により、聞きとれた部分で構成する記事にしました。快くこの企画に協力してくれた3人と、惜しみなく語ってくれたコーゲル氏に心から感謝します。
翻訳・構成:古後奈緒子
山下:今日はお疲れ様でした。いろいろと見て回って、どんなことを感じましたか。
コーゲル:素晴らしい観察が得られました。隣り合った要素のディテール、異なるテクスチャーについて。カフェやレストランで話したことや、晴らしくデザインされた小さな部屋での、わびさびの体験もね。
住吉山:そういった観察はダンスにも応用できますか。例えばディテールについて、建築とダンスの関係は?
箕浦:自然の中にいる時、ダンスみたいに空間と作用し合うって言っていたね。
山下:自然環境(natural environment)だけじゃなく、建造環境(built environment:構築環境とも訳される)が、あなたの立ち居振る舞いに作用すると。その時、自然環境と人工の環境では、その作用に違いがあると思いますか?
コーゲル:いい質問ですね。三つの要素、あるいは三つの異なる状況が考えられるかな。 まず細部について。僕は写真も撮るのですが、その時、自然と人工の環境両方を対象にします。この二次元の表現で面白いのは、平面に凝縮された密度です。特に好きなのが、細部に「テレスコープ・イン」することです。全体を見ることは必ずしも必要ない。実際、部分を見るだけでそれ以上のことがわかります。ダンスでも同じで、例えば今ここで教えながら一緒に踊っていて楽しいのは、何か大きなことに取り組んでいるからではありません。(・・・と、おもむろに手でのコンタクトが始まる)
こうやって、どの程度の軽さをかけるのか、どの程度優しくするか、この微細な感覚に、好奇心をかきたてられるのです。同じような細部についての感覚を、今日は、ある絵画にも感じました。ほんの僅かのことで、質が変わる。この点では自然も建造環境も似ているところがあります。 次に、僕自身と他の物の間にある空間が孕む可能性についても考えました。例えばこの建物と・・・いや、こっちの庭のほうが興味深いな。感じ方にこういう違いが出ること自体、興味深いけどね。例えば想像してみてください。芝生の平らなところがあれば寝転ぶことを考えるし、置き石のカーブや肌理、草木など、すべてが僕にことなるやり方で働きかける。そういった感覚は、ダンスでも同じなんです。ちょっと手を貸してくれる?
建築でも同じことです。建造空間をデザインするんです。例えば・・・これなんか、悪い建築のいい例ですね。この廊下など、空間の余地も、ディテールの豊かさもない。道もただただ真っ直ぐ。対照的な例を思い出すと、今日見たホテルの廊下ですが、とても狭い空間にもかかわらず、微妙に湾曲をつけていたり、石の配置も大、小、小、小、大と変化に富んでいた。こういった空間に、僕は身体的に感銘を受けます。ただ温泉や食堂めざして通り抜けるというわけにはゆきません。歩くにつれてフォーカスは変わり、体の姿勢もシフトしてゆく。 このように、建築にもいろんな可能性があります。例えばダニエル・リベスキンドのユダヤ博物館は素晴らしい。中に入ると階段を上がってゆくにつれて、狭くなり、天井も低くなってきて、身体的な閉塞感を感じます。でも壁に外に抜ける切り込みが入っていて、それによって少しだけ息をつける感じがする。こういうのはいい。
コーゲル:クリストファー・アレクザンダーも、好きな建築家です。彼は建築家のいない建築、つまりその土地にもとからある、歴史的な建物を好みました。僕は彼の『パターン・ランゲージ』という本に大きな影響を受けました。彼は建築を形式や様式でなく、僕の解釈では、環境への行為の残滓として捉えていました。同様に、僕は様式を持たないダンスに関心を持っているのです。形、あるいは予め決まった形式を持たないダンスを見つけようとしてきたんですね。もちろん、ヨガやピラティスをするときは決まった形式にのっとってやりますが。でも踊る時は、形式を発明してゆくわけです。例えば、昨日のビギナークラスで鴻さんがやった舞踏。形の生み出されてゆく様にとても興味を持ちました。歪み(distortion)−と僕は捉えたのですがーが多く用いられていたため、僕はそれらの形を再現することはできませんでしたが。というのも僕はこれまで、ニュートラルな体を作るため、いかなる残滓もない、クリーンで完全にニュートラルな身体をつくるために訓練してきたのですからね。でもこの歪みは好きでした。僕のニュートラルな体からこの歪みに達するためには、何かに係わりながら練習する必要があるような気がしまた。相互関係がなければ、この歪みはきっと形式になってしまうでしょう。歪みは英語で、形を破壊することなのにね。ドイツ語の「引きつれさせるverzerren(ver歪める+zerren引っ張る)」という言葉も、しっくりきます。 ここにもまた、相互作用というポイントが含まれていました。自然の環境と建造環境のいずれにせよ、僕は空間の中に自分の置き場所を見つける可能性を持っていると感じるんです。興味深いのは、それをグループで観察することです。建築では、いかなる空間も、そこで動く人々に、相互に作用しながら動く場を提供していると考えます。僕は今、こういったリサーチが、建築の学生が観察するような、いくつかのモジュールを備えた実験場で行われることを構想しています。
住吉山:アフォーダンスのこと?
コーゲル:いや、僕の関心はそこにはありません。そもそもマテリアルではなく、あくまでもその間の、相互の関係に関心があるのです。空間は、その中での動きや振る舞いを促進するかも知れないし、あるいは阻害するかも知れません。これが建造環境について僕が今考えていること。空間的干渉(spacial intervention)のやり方ですね。この実験場で、建築の学生や建築家は、様々な方法で3Dモデリングを行える。もちろん、3Dモデリングなんて、どこの建築学科でも必須です。僕が研究したいのは、対身体の動きです。目の前にあるオブジェを使って、自分自身がどう反応するのか。その際の空間との関係、キネステティックな反応、
それから、深部感覚(proprioception)も。身体に備わっている特殊な感覚の一つで、自分が空間の中でどこにいるかを知る感覚。偉大なバレエダンサーは、この感覚に優れているんですよ。体の線を目で見ずにつくる感覚だからね。そして僕の関心は、この深部感覚が、建築との関係でどのように拡張するかにあります。建築学の一領域がこの深部感覚に注目して、身体の感覚能力が、空間や、社会的環境にどう作用するかを扱ったなら、と考えているのです。 箕浦:ル・コルビュジエが、人体比なんかを基にしてモジュールを作ったというのを聞いたことがある。
コーゲル:モデュロールですね。尺度のシステムがいろいろあるのは面白い。黄金律とか日本の間(けん)など。違っているのは、異なる身体に備わる内部感覚をベースにしているからでしょうね。でも、いかなる空間も、そういった身体の感覚とかかわる尺度を備えていて、僕たちに語りかけているんです。空間の中で、落ち着く落ち着かないといったことも。例えば今日見た、レストランのテーブルなんか、4人にぴったりだったでしょう。それから・・・、
住吉山:床の間?
コーゲル:そう。完璧でした。そういった感性は現実にある。だから、今、展開できればすばらしいなと思う領域の一つは、そのような感覚を考慮した都市デザインです。もう少し憩ったり人と交わったりする可能性、干渉の余地を孕んだ空間を、都市空間に設けられれば。 ローレンス・ハルプリンは知っていますか? アメリカのランドスケープ建築家で、たくさんのインスピレーションを与えてくれます。僕の故郷の近くにまっすぐ伸びたメインストリートがあったんだけど、まるで死んだみたいだった。彼はその側面のそこここを少し内側に寄せて、日本の道みたいにわずかに蛇行状にしたんです。それによって、道の脇に、座ったりいろんなことができる場所ができ、それだけで道が生き生きしました。川もそうだけど、少し流れからはずれて、せき立てられずに休息したり、その空間を楽しんだりできる、滞留する余地が生まれたんです。空中に回廊も設けたりして、そうすると人が単に通り過ぎるだけじゃなく、交通し出す。 例えばここなら、商店街の真ん中の・・・。
山下:ああ、寺町の三角のコーナーね。 箕浦:日本の道にも同じ考え方がある。祇園の花見小路かな。いろんなものを見ながら蛇行してゆく。
コーゲル:ウィリアム・ブレイクも言っているね。”Improvement makes straight, straight roads, but the crooked roads without improvement are roads of genius.” ぴったりの引用じゃないですか。僕の考えでは、経済と持続可能性と触覚にかかわる相互作用を混ぜ合わせて、ものを考える時期に来ているんじゃないでしょうか。
箕浦:まさにそういった要素が、京都という都市に人を引きつけているんだろうな。
コーゲル:そうだと思います。ここには触覚に訴える素晴らしい質感がたくさんある。京都は僕のお気に入りの都市の一つです。純粋に建築を捉えても素晴らしいけど、テーブルに着いたりしてフィジカルに関わると尚更ね。この都市が与えてくれる、身体経験の可能性には驚かされる。
コーゲル:ちょうどいいから、彼女の話に付け加えよう。ローレンス・ハルプリンは、記譜の考えも取り入れていたんだ。たくさんの人が、クリエイティブ・プロセスに係わるためのリソースとしてね。リソース、スコア、ヴァリューアクション、リヴァリュエーションと、観客との間に循環をつくることができるんだ。今、ビジネスマネジメントのコーチングでも言われているんだけど、誰かがボスになり、トップダウン式にタスクを課すのではもうやってゆけない。人々の内面に働きかけて、個人を動機づけ、個々に持っている創造的な資源を出してもらえるようにしなければ。このマネジメントモデルは、もちろん経済的な厳しい状況では特に大切になってきます。もちろん、よりよい働き方もね。ダンスの教授法のパラダイムでも同じことが起こっていると思いますよ。 えっ、もう時間? このダイアローグは第二弾をやらなくちゃね。
(5月06日@京都芸術センター)
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