2009年07月5日
く 劇場じゃない場所での公演って、なかなかスリリングだよね。誤解されるといやだけど、特にダンスなんか、劇場なんてなくてもできる、身一つあればいい、っていつも思いながら、見てるんだ。
う 原田みのる+高野裕子の『transform』(5月4日、itohen、大阪)も、劇場じゃないところでの公演。原田さんはNoism08を2008年の『Nameless Hands – 人形の家』で退団して、今はフリーで活動をしているダンサー。高野さんは大阪芸術大学を卒業して、今は神戸女学院大学舞踊専攻在学の現役生。popol-vuhの公演にも参加したり、幅広く活動しているようです。
く itohenというのは、よく雑誌とかでも見るけど、ギャラリー、書店、カフェといういくつもの形態を持った、定員20人の小さなスペースで、もちろん照明設備もほとんどないし、狭いところなんだけど、それを逆手にとって、暗さを効果的に使うことで、ある種の遠さのようなものが出せていたと思った。
う あぁ、最初、真っ暗闇の中でごそごそという音だけがして、その時間がすごく長く感じられたし、そのあと、白色の懐中電灯がアクティングエリアとは逆の奥の壁を照らして、その後ゆっくりと、床に倒れている2人のほうにターンしていったでしょ。何だかスペースをすごく広くゆるやかに感じることができたね。
く 高野さんがカミ手奥、原田さんがシモ手前をホームみたいな感じにして、対角線の位置どりだったのも効果的だったのかもしれない。起き上がった高野さんがブレスをすごくはっきりと意識して精一杯大きな動きをとりながらホームに到着して、するとホームの原田さんがほとんど身体の輪郭も見えない薄闇の中で、ロボットみたいにカクカクと動き始めたんだけど、この暗さは、贅沢な暗さだったね。
う すごいのに、よく見えなかったもんね。
く すごいのを、よく見せないっていうか。あれだけの光量だと、輪郭がぼやけるし、その上速い動きになるとエッジが溶けちゃう感覚になるでしょ。なのにあえて、とても速い、しかもエッジの立った動きを続けていくわけだから、空間の中に身体が溶けてしまうような、不思議な錯覚のようなものを感じたね。
う この段階で、この2人の男女が、どういう関係なのかというのは、ほとんど予想がつかなかったよね。でも、そのあとで2人が溶け合うようなやわらかい動きを見せて、おでこをコツンとぶつけた時に、何かが関係性として始まったような設定だったんだけど。
く だけど、一筋縄ではいかなかったよね。原田さんが言葉を出したでしょ。その時にね、せっかく世界が、2人の存在が溶解して和していくような流れだったのに、どうして言葉を出すことで、それを断ち切ってしまうのかと、驚いたんだ。
う 言葉の内容がそういうことだったっけ?
く いや、正直言って、言葉の内容はほとんど覚えてないんだけど、言葉を発するということは、世界を分節化することだし、客体化することでしょ? 相手が他者であることを改めて認識させてしまうというか。原田さんの側に立って見ると、言葉を出すことで、高野さんの存在がすごいスピードで遠ざかったような、むしろ遠ざけているような、すごい空虚な距離が生まれたような気がした。
う それが、後半で、ぎゅーっとなっていきます。きっかけは、原田さんの高野さんへのダイブかな。
く うん、あれは驚いた。すごかったね。上体を起こした高野さんに、原田さんが跳び込んでいく。それがまるでスローモーションのように見えたのは、暗さや、2人の身体のやわらかさのせいもあっただろうけど、速度をもっているのが一方の側だけじゃなかったように思えたんだ。跳び込んでくる重力を受け止め、相殺するような形で受けたから、あんなふうにやわらかく、ゆるやかに落ちていく、倒れていく、ってことができたんじゃないかしらん。
う なるほど。それを受けた形になるのかな、後半の高野さんのソロパートは、昏倒とスリップに凄まじいばかりの迫力があったんだけど、あの激しさは、ある種の悲劇を表わすようなものなのかな。
く うーん、難しいね。こういうときはタイトルを参照するに限るんだけど(笑)、transformっていうのは、変換っていう意味でしょ? 話を急ぎすぎちゃうかもしれないけど、この2人の存在は、お互いがお互いを変換しあっているような、願わくは合同変換したいけど、誤差が生じて相似変換になっていて、その誤差を埋め合いたい、というような関係だったというふうに見てみたらどうかな。
う おでこをコツンとぶつけるのは、終わりのほうにもあったけど、「アイシテルの印」じゃなくて、そういうことかな。そうすると、序盤の原田さんのロボットみたいな動きも腑に落ちるね。
く あんまり理屈に押し込めようというのは抵抗があるけどね。でも、そういうふうに考えると、女のある種の激しいドラマを、男が引き受け吸収するように変換を受けていく、という構図がはっきりとするよね。とてつもなく深い愛の物語!
う すると、最後の変換は、高野さんのほとんどデスペレートなほどに自分自身を打ちつけるような噴出の動きを、原田さんが受け止め受け容れていくということだったのかな。
く 最後はゆるやかに、またおでこをコツンと合わせようとして、2人で横たわろうとする、ということだったんだけど、あれは、終わりだったのかな。もちろん、人間の生命なんて、終わりが終わりなのか始まりなのかはわからないけどね。でも、とにかく、とてもゆるやかで静かで、暗転の中で溜息をつくようないい時間だったね。
う 後ろの壁には、売り物の本とかいろいろ置いてあるし、決してお客さんの集中力を高める空間ではなかったと思うけど、気にならなかった。場所そのものは、劇場の「黒い箱」に比べれば、ゆるさもあるだろうけど、そういうことをぜんぜん感じさせなかったね。不思議。劇場じゃないといえば、神戸の塩屋にある旧グッゲンハイム邸でも面白い公演があったよね。
く では、それは次回のお楽しみに、ということで……。
う えぇ〜、もう終わっちゃうの?
『transform』 2009年5月4日5日 gallery books coffee itohen
構成・演出・出演:原田みのる
振付:高野裕子・原田みのる
企画・制作・出演:高野裕子
special guest musician:田中宏昭
うーちゃん:演劇や宝塚歌劇が好きな、ウサギ系生命体。くまさんに付き合って、ダンスも見始めた。感性派。小柄。
くまさん:コンテンポラリーダンスが好きなクマ系生命体。最近、古典芸能にも興味を持ち始めている。理論派。大柄。
produced by 上念省三(じょうねん・しょうぞう)
演劇、宝塚歌劇、舞踊評論。「ダンスの時間プロジェクト」代表。神戸学院大学、近畿大学非常勤講師(芸術享受論実習、舞台芸術論、等)。http://homepage3.nifty.com/kansai-dnp/
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