2025年01月29日

「中之島に鼬を放つⅢ——大学博物館と共創するアート人材育成プログラム」の2024年度プロジェクト「人間/人形の間を超えて」では、「人間を脱出したモノたちへ」として、100年前の人形をめぐる物語『ペトルーシュカ』『ペドロ親方の人形芝居』の再創造に取り組みます。

公演概要は、大阪大学中之島芸術センター事務局のホームページをご覧ください。

ここでは、兵庫県立芸術文化センター 薄井憲二 バレエ・コレクションの協力にもとづく『ペトルーシュカ』の再創造版『ペトルーシュカとロベルト・モンテネグロ』について、リサーチの途上で見えてきたこと、関心を持ってくださるみなさまと考えたいことを、企画者の視点から共有させていただきます。

薄井憲二バレエ・コレクション 現在開催中の展示もご参照ください。

常設展 vol.100 人形のバレエ『ペトルーシュカ』

2025企画展 モーリス・ラヴェル生誕150周年~『ダフニスとクロエ』を中心に ~

第一回目は、なぜ『ペトルーシュカ』を取り上げるのか。

★ 今だからこその『ペトルーシュカ』

まず企画の成り立ちで説明すると、この作品は、人形を主要キャラクターとするバレエに関する歴史研究と、薄井憲二 バレエ・コレクションの上演研究の交差点に浮かび上がったものです。兵庫県立芸術文化センターでは、年に二回、フォワイエに設けられた展示スペースで企画展を行っており、2020年と2022年に《人形たちの饗宴I, II》で参加させていただきました。

その際、各作品のリブレット、衣裳や舞台美術のスケッチ、スコア、パンフレットなど、種類の異なる資料を通覧したことによって、様々な発見がありました。

今回の上演に関連するところでは、見所となる人形の動きに、古い技術と新しい技術が関わっていること。そのうち1880年代以降は現実にも劇場に実装されていった電気が、人形に魂を吹き込む魔法として表象されていることです。

したがって、『ペトルーシュカ』の源泉研究でも挙げられる「十九世紀バレエ」の三作品(『コッペリア』『人形の精』『くるみ割り人形』)中の、設定では時計仕掛けのオートマタが動き出す場面に、私たちは、今日水や空気のように当然となった電気技術に、人々が最初に抱いたであろうセンセーションを想像することもできる。また、技術を人間の拡張とみなす考えに照らせば、テクノロジーを使いこなせるよう”発達”してきた人間のあり方を、反省するきっかけになるかも知れません。

いわゆる人形振りを呼び物とするバレエの中で、『ペトルーシュカ』は、薄井コレクションのキュレーターである関典子さんの、バレエ・リュスとの取り組みにも連なるものです。2022年に『牧神とニンフの午後』を拝見して、ニジンスキーの実人生と資質をも象徴する極性を、刻々形を変える造形に浮かび上がらせた、研究成果に裏打ちされた明晰なコンセプトとその素晴らしい具現、あたかもグラフィック映像のモルフィング技術を生身の人間が再現するかのような妙味に感銘を受けました。以来、ニジンスキーが演じた人形もの、『ペトルーシュカ』を是非関さんに、と願ってきました。

原作は、人物どうし、人物と群衆、人物と空間など、要素の組み合わせに様々な意味を読み込むことができ、現在YouTubeなどで視聴できる版を見ても、解釈の楽しみは無限にあると思います。タイトルロールは、魔術師との関係に苦しめられ、ムーア人とバレリーナとの三角関係においても傷つけられる。それぞれの要素の参照を調査した先人達の研究成果に、人形と人間の境界を問う本プロジェクトは、本作が、先に触れた電気技術の登場で激変した人類とその環境に対する、ダンスによる反省であると捉える文脈を提供します。言い換えると、先の三作品は——ノスタルジーを伴いつつも——古きを否定し時代を先導する女性像が登場する、広義の啓蒙主義のプロパガンダ要素を含んでいます。対して『ペトルーシュカ』は、文明化により都市から駆逐されゆく文化への哀惜と、表舞台で強い光を浴びるダンサーの心身が被る闇を描いた”楽屋もの”と読むことができる。

恥ずかしながら、今回初めてリブレットにあたったら、ペトルーシュカが動き出す箇所には、魔術師がフルートで彼に触れると「電気を充てられたように痙攣する」と書いてありました。後年、精神を病んだ彼が受け得た治療法も彷彿とする表現ですが、原作のドラマトゥルギー、コレオグラフィー、そしてきっと音楽のスコアも、電気バレエの紋切り型――光と闇に新旧や善悪や優勝劣敗といった単純な価値観を重ねた二項対立――を相対化するもの、と捉えられます。こうしたすでに指摘されてきた特徴も併せると、本作は、新しいテクノロジーを標準化してゆく世界が、適応に障害をきたした人間にとってどのように現れうるか、ということも考えさせる作品だと気づかされました。

以上のように、アクチュアルながら頭で考えると大層な問題に対して、ダンスのフィジカルな取り組みは、観客が自身の身体の経験に照らして別の回路を見いだすきっかけにもなり得るのではないか、と期待しています。

関連資料リンク:

https://danceplusmag.com/?p=14225

https://www1.gcenter-hyogo.jp/ballet/contents/project/k-vol24.pdf

https://www1.gcenter-hyogo.jp/ballet/contents/project/k-vol30.pdf

文責:古後奈緒子(「人間を脱出したモノたちへ」共同企画)

第二回へ続く

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