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【暑い夏16】“border”を自ら描きだす試み/世界を知るために。
2016年09月27日
D ビギナークラス 5月1日(日) コ ンテンポラリー・ダンスの多様性をまさにコンセプト的にも地理的にも満喫できる、イントロダクション・クラス。世界の第一線で活躍する講師による様々なス タイル、考え方のダンスに触れることができます。ダンスには興味があるけど敷居が高かった方、身体全般に興味ある方、アカデミックな関心のある方、世界の ダンスに肌で触れたい方、ただただ動きたい方、それぞれの切り口で飛び込んでください。
ルイス・ガレー (Argentina/Buenos Aires)LUIS GARAY ブエノスアイレス・サン・マーチン演劇・現代ダンス学校卒業後、Lyseon lukio(フィンランド)、Priscila Welton Ballet Foundation(コロンビア)、CND Opera du Rhin(フランス)等で学ぶ。近年は、人間の知覚を拡張するメカニズムを扱った作品を制作し、新しい、身体の概念や哲学、科学、アートが融合したコンセプトを生み出している。ドイツ、スペイン、アメリカなど、世界各国で作品を発表。ニューヨークタイムスをはじめとする様々なメディアから賞賛の声を集めた。『マネリエス』でWorld Theater Awardsの最優秀演出賞を受賞。KYOTO EXPERIMENT 京都国際舞台芸術祭2014招へいアーティスト。
<知らぬが仏…>
私は今年もビギナークラスに参加、1クラスを受講しました。その1クラスがルイス・ガレーさんのワーク ショップ。私は彼の作品を見たことがなく、彼がどんな講師なのか知らないまま受講することに…。後で知っ たのですが、彼は2014の KYOTO EXPERIMENTの参加アーティストで、そのとき上演された「マネリエス」 「メンタルアクティヴィティ」という2作品は大きな話題を呼んだとか。KYOTO EXPERIMENTのホームページ には<…新しい身体の概念や哲学、科学、アートが融合したコンセプトを生み出している…>とありますし、 暑い夏の募集テキストには「…クリエイションや実験、リサーチに関心のあるアーティスト、ダンサー、パ フォーマー、ミュージシャン、理論家のクリエイターやキュレーターに向けて、このワークショップを開講し ます。」とあります。今思えば、かなりエッジの効いた募集テキストですが、私は京都行きの荷物を旅行バッ グに詰めつつ『…不思議なことが書いてあるなあ。キュレーターが受けることを進められるワークショップな んて聞いたことないなあ。』そんなことをチラっと思った程度でした。本当、自分でいつも思うのですが、こ ういう天然記念物的な能天気さが、万年ビギナーとしてワークショップを楽しめている秘訣なのかも知れませ んね(笑)。
<『ここ、踊れないよ?』…内心ギョッとする会場>
ワークショップ当日、京都観光をしてから京都芸術センターに到着した私。さあ、ダンスのワークショップ だわと、普段着からジャージに着替え、会場はいつものフリースペース…と思って会場の扉を開けました。と ころが、そこは“いつもの”フリースペースではありませんでした。フロアには横倒しになったイスや消火器、片 方だけのスニーカー、掃除機、モップ、マイク、フライヤーといった雑多なモノが散在していて、ダンスの ワークショップ会場らしからぬ雰囲気なのです。私はてっきり前のクラスの片づけが終わっていないと思った のですが、この状態のままワークショップを行うといいます。私はそれを聞いて『…え?ここで、何する の?!』とギョッとしました。それくらい、フロアにはいろいろなモノたちが置いてありました。
<ジャージを脱ぎ捨てることからはじまったワークショップ>
不安を感じつつ、時間になったので他の参加者といっしょにフロアに集合。すると、講師のルイスさんは 「せっかく着替えてもらったのですが、普段着に着替えなおして頂けますか?」と言ったのです。ざわめく参 加者と、至って冷静なルイスさん。私も内心大騒ぎです。『え?ダンスのワークショップのためにジャージ着 たんだけど、これ、脱ぐの?!えええええ、じゃあ、何やるのぉーーーー?!』私はワクワクするアート作品 に出会ったときと同じように、テンション高く混乱しました。浮かんで来るのは不安を表す言葉だったりする のですが、実は最も自分らしい部分はワクワクでいっぱい!『きゃああ、何、何が起きるの?!わー、楽し い!!』周囲の人に気づかれないように平静を保つも、口の端はニヤリ…。この時の私、ちょっとヘンな人 だったと思います(苦笑)。
<そして“問い”が訪れる>
各自スポーツウェアから着替えて、その人らしい普段着に包まれた参加者は再びフロアに集合。私はこの 日、美術館めぐりなどしていたので、ちょっと個性的なワンピース姿でした。丈が長めだったことが救いで しょうか。次にルイスさんはホワイトボードを前に「ダンスとはあなたにとって何ですか?」という問いを立 てました。それぞれに考えながら答えていく参加者。「楽しいもの」「身体がより自由になるもの」「コミュ ニケーションツール」…いろいろな言葉がホワイトボードの上に書き留められていきます(私は「気づきを得 られるもの」「時間の感覚が日常と変わってしまうもの」というようなことを意見として述べました)。ルイ スさんはそこで出てきた言葉の中にキーを見つけて“ダンス”というものを深堀していきましたが、このやり取り を通して感じたのは「私たちの中にある“ダンスはこういうものだ”という固定概念」のようなものの存在と 「じゃあダンスって何だろう」という新たな問いでした。
<タスクとモノとに動かされる身体…感情に依らないドラマ>
ルイスさんは次にErwin Wurm (オーストリア)という現代美術作家の『1分間の彫刻』という作品の画像を私 たちに紹介しました。画像は大人と思われる年恰好の老若男女が奇妙なポーズを取りつつ、何らかのモノを身 に着けているというものでした。例えば、フィルムケースを両目のくぼみで器用にキープしつつ、鼻や耳の穴 にペンを突っ込み、口にはくちばしのようにホッチキスをくわえているといった具合。実はこれ、美術館を訪 れた人が渡されたメモに書かれたタスクによって1分間だけ彫刻作品になるというもの。「まあ、よくみなさ ん、協力するものだ。」とルイスさんも笑っておられましたが、まったく同感です(笑)。でも次の瞬間、私 たちは笑ってばかりもいられないということが分かります。ルイスさんが「今日はこの作品に着想したことを やってみようと思う。」と言いだしたのですから。
ワークは、フロア中に置いてあるモノたちを使ってタスクを書くことからスタート。ただし今回は静止した まま動かない彫刻ではなく、1分間の動きをタスクとして書くという点で異なりました。参加者は紙とペンを手 に、気になったモノに近づいて1分間の動きを考えはじめます。横倒しになったイスに腰かけて思案する人、 モップの柄を背中に通して何やら確認している人など、フロアには奇妙奇天烈な光景が広がりました。私はマ イクとスニーカーが置いてある場所に近づき、何が出来るかを考えめぐらせました。マイクには長くて黒い コードがついていたのですが、そこからふと妄想が立ち上がりました。そこでペンを手に取ってタスクを書き 上げました。「…なぜだ、なぜなんだ、なぜかコードが身体にまとわりついてくる!その理由をスニーカーに そっと尋ね、 1 分経ったらマイクを手に、愛する人の名を叫ぶ。」…内心、こんな下らないタスク、誰かやって くれるかしら…と思っていました。 参加者がタスクを書き上げると、今度はそれぞれ会場にある自分以外のタスクを実行する、というワークに 入りました。さっきのような意味不明なタスクが散らばった会場はある意味、スリリング。私が手にしてし まった1枚は「ここにあるペンをくわえてから床に落とし、それからフリースペースの端っこを触りながら歌を 歌って 1 周する」という無情なものでした(笑)。『あああ、歌うのかあ。。。』恥かしさで逃げ出したい気 持ちと、いやいや、タスクに従うべきだという気持ちがしばし葛藤しますが『とにかくやってみよう!』とい う思いが勝って実行へ…。でも、愕然としたのは口をついて出てきた歌が『チューリップ』とか『森のクマさ ん』とか、小学生レベルの歌ばかりだったこと。『…他にもっとないのかよ~!』と自分に突っ込みを入れつ つフロアの端を歩いていると、私が書いたタスクのあたりから「おかあさあーーーん!」とか「ひろしぃいい いい!」とか叫ぶ声がします。誰かが私の書いたタスクに取り組んでくれていたのです(!)。愛される人々 の名前が叫ばれるのを耳にして、なんて世界は愛に満ちているんだろうと思ったり…。自分が誰かのタスクに 取り組むのと同時に、誰かが自分のタスクに取り組んでいるという状況は、不思議なくらいに充実感を覚える ものでした。
ルイスさんはワークを終えた私たちに「タスクに向き合い、何とか実現しようとする真摯さに心打たれ た。」とおっしゃっていました。常に冷静な感じのするルイスさんですが、人が動くときに生まれるチャレン ジマインドや、誰かに応えようとするときの誠実さといった熱い部分を大切にしている方なのかも知れませ ん。ダンサーとかダンサーじゃないとか、そういう分類を超えたところにある“人”としての不安や、モチベー ションの在りようを掴んでいるのかも知れません。また、彼は「○○であるべき」といった既成概念を突き崩 し、自由への入り口を開こうとする強さを持っているのだと思います。
<アートとダンスの境界/生きるための問いが生まれる場所>
ルイス・ガレーさんのワークショップを体感して、私は心からワクワクしました。アートやダンスは人が生 きるために必要な存在だと感じていましたが、彼のワークショップを通して一層それが腑に落ちたように感じ ます。凝り固まった常識を改めて問い直し、新たな境界(=border)を自らの思考と実験によって描きだすと き、私たちは目の前に見えていたはずの世界が違ったものであることを知るのだと思います。それは何度も何 度も訪れ、最期の瞬間まで終わらない世界の刷新を促すものといえるでしょう。ルイス・ガレーさんのワーク ショップは、ダンスという領域にとどまらない「生きるための問い」を生み出す場所だったと思います。
Arts&Theatre→Literacy 亀田恵子(かめだけいこ) 大阪府出身。工業デザインやビジュアルデザインの基礎を学び、愛知県内の企業に就職。2005年、日本ダ ンス評論賞で第1席を受賞したことをきっかけにダンス、アートに関する評論活動をスタート。2007年に京 都造形芸術大学の鑑賞者研究プロジェクトに参加(現在の活動母体であるArts&Theatre→Literacyの活動理 念はこのプロジェクト参加に起因)。会社員を続けながら、アートやダンスを社会とリンクしたいと模索す る日々。
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