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【暑い夏14】E「超ビギナーライフの勧め」

2014年08月5日

E  ビギナークラス 5月1日(木) コンテンポラリー・ダンスの多様性をまさにコンセプト的にも地理的にも満喫できる、イントロダクション・クラス。世界の第一線で活躍する講師による様々なスタイル、考え方のダンスに触れることができます。ダンスには興味があるけど敷居が高かった方、身体全般に興味ある方、アカデミックな関心のある方、世界のダンスに肌で触れたい方、ただただ動きたい方、それぞれの切り口で飛び込んでください。
prof_ericエリック・ラムルー (フランス/カーン)ERIC LAMOUREUX カーン国立振付センター芸術監督。カンパニーファトゥミラムルーをエラ・ファトゥミと主宰。優れた身体能力に裏付けられた大胆なムーヴメントと、高い音楽性に支えられたロマンティシズム、実験精神に富んだオリジナリティーの高い振付で、’90年バニョレ振付家コンクールをはじめ、アヴィニヨン演劇祭、リヨンビエンナーレなどで注目を浴びる。’99年フランス政府派遣アーティストとしてヴィラ九条山に滞在。「芸術祭典・京」(’99)「コーチング・プロジェクト」(’04 /京都芸術センター)の他、本フェスティバルでオーディションを行った日、仏、コンゴ3カ国共同製作作品『just to dance』など日本にも縁が深い。フェスティバルやレジデンス活動を通じて、アフリカやアジアの若手育成も行っている。 (KIDFホームページより)


<超ビギナーも悪くない>  

 7年ほど前から、このワークショップフェスティバルに参加しています。参加するのは、ほとんど 「ビギナークラス」というダンス初心者向けのクラス。「え!7年もやってるのに、ビギナーなの?」 そんな声も聞こえそうですが、盆と正月くらいの頻度でしかダンスを踊るということにふれない私には いつまでも、この受講態度は変わらないのだと思います。でも、こんな「超ビギナー」にしか味わえないステキな体験もあるのだと思っています。このレポートでは、そんなステキさをお伝えしたいと思います。

<超運動不足なんだけど・・・>  

 普段は会社員として働いている私ですが、年齢的には「働き盛り」というところ。少しは責任のある仕事も任され、自主性や責任感、チームワークの醸成など考えることも多くなってきています。自然と残業も増え、日々は会社と自宅の往復になってしまいがち。ふと気づけば、まったく運動していない状態になったりしています。身体は環境に従順ですから、それに気づかないことも多いと思います。私などは新聞を床に広げて読もうと屈んだときに『…え?キツイんだけど…』なんてことで気づいたりします。会社員として暮らしている中で使う身体の動きのパターンって、すごく限られているんだなって思います。使わない身体の部分がたくさんあるように思いますし、心臓も怠けた分だけちょっと小走りしただけでバクバクするようになってしまいます。こうなると『…身体動かすのが怖い…』という気分になってしまいます。1年ぶりのワークショップ参加を前にして、私は内心『怖い。』と思っていました。途中で苦しくなったらどうしよう、みんなについていけなかったらどうしよう、怪我をしたらどうしよう、そんな不安を抱えていました。

<構造を理解すること、よく聴くこと>

 久々の参加クラスは、エリック・ラムルーさんからスタート。彼のクラスは過去にも受けた経験がありましたが紙1枚からイマジネーションと動きをつなげていく、とても楽しいクラスでした。ただ、かなりの運動量だったので個人的についていけるかは心配だったのですが、そんな心配は無用だったということが参加してみてわかりました。このクラスの参加者は例年よりも人数が多く、会場もそれに伴い、いつも使っているフリースペースから講堂に変えての実施でした。限られた空間の中に、大人数の参加者がいるという状況です。『…ここでどうやってワークショップを進めるのだろう。』そんなことを感じながら、講堂内に流れる明るいテンポの音楽を聴いていました。

 時間になり、エリックさんがみんなを会場の中央に集めます。「先ず5分間、このポップミュージックを聴いて下さい。この曲には3つのブレイクがある構造だということを意識して聴いて下さい。これからやることのポイントになりますから、よく聴いて下さい。それから、他には2つのクレシェンドがあるので、それも聴いてみて下さい。ストレッチは時間内にはしませんので、聴きながら、それぞれで身体をほぐして下さい。」流れ始めた曲は、はじまる前にも流れていた曲でしたが、意識して聴くと少し聞こえ方が変わるように感じました。でも、どこがブレイクなのかわからない。そもそも、日ごろ音楽を構造で聴く経験というのは、ほとんどないことだと気づきました(個人差がありそう)。他の参加者も、明確には聴き分けられなかったようですが、エリックさんから説明を受けると“なるほど”という感じでした。 音の構造は、こんな感じ。
[1]ドラムだけのキビキビとしたシンプルな音
[2]他の楽器も加わって振動が豊かになる音
[3]ヴォーカルパート
[4]ドラムなどが止んで、空に昇っていくような軽快な爽やかさと、可愛らしいユーモアも感じられる音(=ブレイク)  こんな感じでしょうか。リズムは親しみやすく自然に動けるものだったと思いますが、エリックさんによると今回のワークには、5つのリズムを取り入れていたそうです。「動きの質感を旅するように味わって下さい。」という彼の言葉が示唆的だと思いましたし、動き始める前に構造を知らされるのは、不安が軽減されていいなと思いました。また「深く聴く」ことでマインドも落ち着きますし、より多くの五感を使うことも、身体を豊かに動かすために大切な要素だと感じました。また、エリックさんはワークショップの間ずっと、高いテンションとユーモアで、この場が参加者にとって楽しい場所だということを、全身で伝えてくれますから、参加者は「自然と動ける」ようになっている点も、身体の豊かさ(=その人らしい動き)を引き出すことも出来ていると思います。

<え?そんなにシンプルなの!>

 音の構造を何となく理解したら、いよいよ動き。先ほどの音のパートごとに振りを付けていくのですが、私はいつもこの段階で『…どーん、ついていけないよぉ…』と、内心涙を流すことが多くて緊張したのですが、説明された振りは気が抜けるほどシンプル。でも、それ以上にないくらいに音の本質をつかんだ振りだったので、私は目に見えてニヤリと顔をほころばせてしまいました。この時点で、ワークショップへの不安は一気に消え、期待値だけがグングンあがる状態になりました。至ってシンプルなこの振りは、床と足裏を意識しながらまっすぐ立ち、リズムに合わせて①垂直②少し膝を曲げる③もう少し膝を曲げるというもの。参加者は自分のタイミングで、この①②③を曲に合わせて動くだけです。

で、ここでエリックさんから指示が出ます。「下を向いて独りで動くのではなく、会場全体の他の参加者を視野に入れて、他の参加者の動きで遊ぶように、自身も動いて下さい。」そう言われて、ハッとして目を上げると、自分以外の動きが目に入ってきました。あちこちで目に入る脈動(オーディオ機器で音の様子を棒グラフみたいに点滅させる表示と似ている)を見ていると、全体の動きを楽しくさせたい衝動が自然とわいてきます。他者の動きを意識することで自分の動きを変化させていける感覚は、自分の可能性を開いているような気もして嬉しくなりました。

<動きの質感を旅する2時間>

 こんな感じで、エリックさんの振りは音の本質と個々の動きを繋げていくことで生まれるダイナミックな動きを体験させてくれましたが、種類は10くらいだったでしょうか。思い出しながら、少し列挙してみます。
[1]膝の屈伸で3段階の高さをリズムに合わせて動く。他者の動きも視野に入れ、遊ぶつもりで。
[2][1]の高さ段階を1000段階(エリックさんの言葉そのまま)で動く。
[3][2]にジャンプ+回転を入れてみる。回転するたびに違う景色に出会える新鮮さを味わう。
[4]音をきっかけに、何か大きな手で上に引っ張りあげられるように全員の呼吸を合わせながら背伸び。
[5]曲の高鳴りに合わせて大きく連続回転。腕は回転速度があがるのに合わせて、下から水平位置まで持ち上げる。
[6]3つに分けたグループごとに集まり、円陣。そこから徐々に広がっていく。足はリズムを刻み続ける。
[7]音をきっかけに、円陣を解いてひとりひとりが大きく空間に身体を開くように腕や足を大きく広げる。
[8]小人が歩き回るように片足でチョコチョコ動きながら、グループメンバーの間をクロスするように動く。
[9][8]の動きをグループ全体が塊が移動するように動く。
[10]雲がかき消えるように、ラストは左右にはけて会場中央には誰もいなくなる。
どの動きにもそれぞれ違う楽しさがあって、且つ、他者の動きを味わいながら動くということも体感出来ました。動く感覚には、いろいろな質感があるんですね。とても新鮮な経験でした。

<怖いと楽しいを往復する身体…超ビギナーライフの勧め>

 さて、私はエリックさんのワークショップの前、いろんな理由をあげて「不安」な理由を語っていました。でも、2時間の旅が始まると、すっかりそんなことは忘れて動きの質感を味わい、広がる可能性にワクワクし、さまざまな発見に夢中になりました。さすがに、最後だけはヘロヘロで『…やばい、肺が痛い。』と、自身の現実的身体状況に気づいたのですが、その時にはすでにあとの祭りなんですね。言ってみれば、エリックさんの完全勝利…的な。。ん?勝ち負けの問題じゃないか。  現代社会で暮らす私たちにとって、鈍感な身体の方がもはや日常的身体なのかも知れません。 それを肯定するつもりはまったくないのですが、なかなか現実的に質感を味わう身体を維持するのは困難でもあります。せめて、年に1度くらいはこうして自分の身体を通して新鮮さを味わってみたいなと思うのです。 「動くことが怖い身体」と「ダンスすることに歓喜する身体」の狭間で、超熱烈にレポートする私なのでした。

 

撮影:下野優希
撮影:下野優希

jpgArts&Theatre→Literacy 亀田恵子(かめだけいこ) 大阪府出身。2005 年、日本ダンス評論賞での第1 席受賞をきっかけにダンス、アートに関する評論活動を開始。会社 員を続けつつ、時々ワークショップに参加。アートやダンスを社会とリンクしたいと模索する日々。
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