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うーちゃんとくまさんのダンス談義 2009年冬 (2) (上念省三)

2009年05月5日

強さと深さ

 年度末はホントに公演が多いから、カバーしようと思うと大変だ。1回では終わらなかったね。今回は、続編です。

 誰が待ってるわけでもないのにね。

 ……京都芸術センターの「演劇計画」で白井剛さんの『blueLion』(2月13日)が上演されて、鈴木ユキオ(金魚)さんが来ておられたので、『言葉の先』(2月19日、アトリエ劇研、京都)、『Love vibration』(「踊りに行くぜ!! SPECIAL」、2月21日、アイホール、伊丹)と続けて鈴木さんを観れたのは、面白かったね。1週間ぐらいの間に1人のダンサーを3つの作品で観ることができるなんて、ほんとに珍しい。2008年トヨタコレオグラフィーアワード次代を担う振付家賞(グランプリ)受賞者です!(パチパチ)
『言葉の先』(撮影:竹崎博人)
『言葉の先』(撮影:竹崎博人)
『言葉の先』(撮影:竹崎博人)
『言葉の先』(撮影:竹崎博人)
『Love vibration』(撮影:塚田洋一)
『Love vibration』(撮影:塚田洋一)
『Love vibration』(撮影:塚田洋一)
『Love vibration』(撮影:塚田洋一)
 

 うん。こんなことを言っちゃっていいのかどうかわからないんだけど、ぼくはほとんど関西を出ないから、これまであまり鈴木さんを観たことがなくて、今回3作品を観ることができてうれしかったんだけど、何と言うか、あまり身体そのものの印象が残っていないんだ。

 えっ? あんなに特徴的な風貌だし、鉄板のような筋肉の上半身を拳で殴りつけたり、すごく激しく倒れたりするのに?

 そう、自分でも不思議なんだ。印象に残る、なんてものすごく主観的なことだから、個人的な相性、好き嫌い、その日の体調みたいなことかもしれないしね。決して鈴木さんに対して嫌いとかいやだとか、否定的な感情を持っているわけではないんだけど。

 その、印象に残る身体、ってどういうことなの?

 それが難しい。ちょっと話は逸れるよ。あくまでぼく個人にとってということで、一般化できることではないと思うんだけど、以前、宮台真司さんの本を読んでいて「強度」という言葉に行き当たって、これがダンス享受体験の真骨頂かなと思っていたんだ。

 インパクトとか?

 ま、そうだよね。宮台さんから引用すれば、アンタンシテ(注)。でもね、それって、うっかりすると、感動っていう思考停止、判断停止に直結するような気がして、あまり大きな声で言ってこなかったの。不遜な言い方かもしれないけど、感動させるだけ、泣かせるだけなら、そんなに難しいことじゃないと思うし。

 某演出家(宝塚歌劇)みたいに、親子が引き裂かれるとか、戦で死に行くもののふの最後の場面を並べるとか……。

 ペットが死んじゃった時のことを思い出すといつでも泣けるっていう女優とかね。まずステレオタイプじゃないかということは、検証しないといけないよね。その感動の根源に、創造性や独自性がどれほどあるかということを、反芻、検証するという作業を経なければ、自分の中で意味づけることができないと思う。そう考えていくと、その反芻や検証に耐えられるものというのは、強さというより、深さではないかと思ってるんだ。

 ダンス享受体験の真骨頂は、深さだと。

 ちょっとまた強引な展開になるけど、ふつう、ダンスを観るということは、誰かの身体を長時間見続けることだよね。衣裳をまとっていたとしても、身体の表面をこんなに長く見つめ続けることって、まずないんだよ。

 演劇とか他の舞台芸術とは違うの?

 経験的に言って、演劇で役者の身体そのものを見つめ続けるということは、ないと思う。あったとしたら、すごく珍しいことなんじゃないかな。物語の流れに応じて、視線も流れていくんじゃないかと。ダンスの場合、視線は身体の表面にへばりつくんだ。そしてじわじわと内部に浸透して行く。それが「深さ」ということになる。

 じゃあ、視線が表面から内側へ、筋肉や内臓や骨まで入り込んで、初めてダンスを観るという体験だということになるの?

 あくまで比喩的にだよ、X線じゃないし。「穴があくほど見つめる」って言い方があるけど、凝視するということは、表面から内部へ、奥へ貫いていこうということでしょ。奥のほうで触れることができたものが、観ている自分自身の奥にあるものと照らし合わされて、享受という体験がコレスポンダンスになる。それが、古典的な意味合いかもしれないけど、理想的な形なんじゃないのかな。対象の中に深みを感じないと、つまりそこに深さがあるということが認識できないと、自分のほうからも深いところが響かない。平凡な言い方になるけど、そういう意味で、強さよりも深さを言いたいわけで。

 慣れっていうか、そういうことも必要なんじゃない? たとえば、初めて観るダンサーだったら、その人の風貌や筋肉とかの、いわゆる表面に気が取られちゃって、視線が奥まで入るのに時間がかかるし。何度も観ているダンサーだと、奥まで入る扉みたいなものを開くコツっていうか勘どころが、すぐにわかるでしょ?

 なるほど、そうかもしれないな。これまで経験したことのないような入り方をしなければいけないものだったら、確かに奥深くまで入るのに苦労するだろうね。でも、その時には、その作品なり存在の強さが後押ししてくれると思う。

 最近のダンスでそういうものを感じた公演は?

 「明倫art」でじょーねんさんがふれてたものより後の公演に限れば、WK/GC OR in Osakaで観た『沈黙』(振付=チェ・ゼヒ。1月29日、近畿大学会館日本橋アートスタジオ、大阪)、ベルギーからのピーピング・トム『土の下』(2月18日、アイホール、伊丹)、「踊りに行くぜ!!」で観た北村成美『パラシュュート』(2月21日、アイホール、伊丹)といったところかな。どの作品も、その背後に大きな存在や世界が広がっているっていう深さと、動きやたたずまいや表情に見える潔さみたいなものがすごくて、堪能した。

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 しげやん(北村)のは、前に栗東で観た時のに比べて、短縮ヴァージョンだったようだけど、凝縮された感じだったね。

 扇風機を使って風の中に立つことで、ある意味では強引に異界のようなものを創り出すし、表情の強さ、しなう背骨の強靭さといった強さがあって、しかも女であること、人間であることについて、滑稽なほどの哀歓があるように感じられる。どうしてそう感じられるのか、なかなかわからないのだけれど。


 ピーピング・トムも、わからないことがたくさんあったけど。

 ポストパフォーマンストークで、とても丁寧にいろいろ説明してくれて、なるほどと思った部分もあったね。タイトルに『土の下』ってあるのに、舞台になっているのが地面の下、つまり人物たちは死後の存在だ、ということさえ、わかってなかったもんね。

『Le Sous Sol/土の下』
『Le Sous Sol/土の下』
撮影:ベルギーフランドル交流センター
撮影:ベルギーフランドル交流センター
 

 全然、なーんにもわかってないのに、すごく面白い作品だった。サーカスみたいなアクロバティックな動きにもびっくりしたし、おばあちゃん(マリア・オタル)を容赦なく痛めつけたりするのもハラハラしたよ。男性二人(フランク・シャルティエ、サミュエル・ルフーヴル)と女性(ガブリエラ・カリーソ)の動きは、かなりエロティックだったし……。

 いろんなレベルで楽しめたね。連作だそうだから、前の作品からのつながりがあって、それを踏まえていれば理解できることもたくさんあっただろうし、キリスト教やベルギーあたりの民間信仰みたいなものの世界観をもっと知っていれば、とは思ったけど、それなしでも、わくわくするような作品だった。

 ポストパフォーマンストークもよかったね。司会の小倉由佳子さん(ディレクター)が、お客さんの立場で進行してくれたのが、すごくよかった。

 『沈黙』は、韓国のキム・ウォンさんがプロデュースしてくれた公演の中の一作。地面を踏み鳴らす強い響きが、印象に残ってる。

 照明もきれいだったね。

 人間が影の中に存在しているということがよくわかるような、深みのある照明だったし、重層的に構築した中にダンサーの力をはっきりと示すことができた、すごい作品だったと思う。

 この作品に続く即興作品の中で、チェさんが足を踏み鳴らす動きを出していたのも、印象的だったね。もう一度じっくり観たい作品です。

 



0904_ukuma_miyadaiアンタンシテ(注) 宮台は、様々な場所でこれについてふれているだろうが、たとえば『この世からきれいに消えたい。』(朝日文庫、2003。親本はメディアファクトリー、1999)に、以下のような発言がある。「……意味」には還元できない濃密さを「強度」と言います。これはポスト構造主義という哲学の概念で、フランス語でアンタンシテ、英語で言うとインテンシティの訳語です。「密度」とか「濃さ」と訳したほうが分かりやすいかもしれません。もっと簡単に言えば、意味とは<物語>、強度とは<体感>に相当しています。なぜなら<物語>は過去から未来につながる時間の展開が重要ですが、<体感>は「今ここ」が重要だからです。」(同書p127〜128)
 
『blueLion』 2009年2月13日(金)〜15日(日) 京都芸術センター・講堂
構成・演出・振付:白井剛
出演:寺田みさこ(ダンス)鈴木ユキオ(ダンス)イノウエユウジ a.k.a. dill(ピアノ)高橋美和子(ヴォーカル)寺田ちはる(アコーディオン)寺田敏雄(ギター)

『言葉の先』 2009年2月19日(木) アトリエ劇研
振付・演出・出演:鈴木ユキオ

踊りに行くぜ!!vol.9 SPECIAL IN ITAMI『Love vibration』 2009年2月21日(土) 伊丹アイホール
振付・出演:鈴木ユキオ  作曲・演奏:辺見康孝

踊りに行くぜ!!vol.9 SPECIAL IN ITAMI『パラシュュート』 2009年2月21日(土) 伊丹アイホール
構成・振付・演出・出演:北村成美

『Le Sous Sol/土の下』 2009年2月18日(水) 伊丹AI-HALL
振付・演出・出演:ピーピング・トム

WK/GC OR in Osaka『沈黙』 2009年1月29日(木) 近畿大学会館日本橋アートスタジオ
振付:チェ・ゼヒ
出演:ハンユキョン チェソン パクジュンヒョン ソンインホ
 
 

うーちゃん:演劇や宝塚歌劇が好きな、ウサギ系生命体。くまさんに付き合って、ダンスも見始めた。感性派。小柄。

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くまさん:コンテンポラリーダンスが好きなクマ系生命体。最近、古典芸能にも興味を持ち始めている。理論派。大柄

 
produced by 上念省三(じょうねん・しょうぞう)

演劇、宝塚歌劇、舞踊評論。「ダンスの時間プロジェクト」代表。神戸学院大学、近畿大学非常勤講師(芸術享受論実習、舞台芸術論、等)。http://homepage3.nifty.com/kansai-dnp/
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