p/review

しずかなこえproject「LOVE practice 2009 vol.4」(樋口ヒロユキ)

2009年11月8日

photo: sasamotomasaki
photo: sasamotomasaki

前 衛 身 体 表 現 の サ ラ ブ レ ッ ド


先日「しずかなこえproject」という集団による「LOVE practice 2009」という舞台を見てきた。振付、演出を担当する布谷佐和子(ぬのたにさわこ)は、大阪造形センターの出身。在学中、維新派の公演に参加して身体表現に触れ、泉克芳にダンスを学んだ、とプロフィールにある。

泉克芳は泉勝志とも名乗った人で、モーリス・ベジャール率いる20世紀バレエ団にも在籍していた方だそうだ。残念ながら2006年に亡くなり、私はその公演を見る機会もなかったのだけれど、かのベジャールからも嫉妬されたほど、豊かな才能の持ち主だったらしい。彼の教室はBaby-Qの東野祥子をはじめ、多くのダンサーを輩出している。おそらく教育者としても、大変優れた人だったのだろう。

そんな泉からダンスを学び、大阪造形センターで自由なアートに開眼、維新派の身体表現に揉まれたというのだから、布谷は大阪の前衛的身体表現における、サラブレッドのような存在だろう。2001年にはフリーでの活動を始め、2002年には片上守とのデュオで、ダンス・ユニット「The Ash Dance」を結成。また、同年にはミュージシャンやイラストレーターなどとの混成ライブユニット「Asha and dd.punch」も立ち上げて、ソロ活動と並行して展開してきた。

「しずかなこえproject」は、そんな彼女が続けている、ワーク・イン・プログレス形式の公演である。1年間、各地で公演を展開し、その都度、会場もメンバーも変えて、同じ作品を練り直す。今年1月には大阪・ロクソドンタブラックで、3月には奈良・大塔小中学校の体育館で上演。5月には神戸、塩屋にある築100年の洋館、旧グッゲンハイム邸で上演している。

このうち2回目の公演は、地元の小学生も参加者に交えた、2日間泊まり込みのワークショップだったという。公演といっても参加者全員で踊るわけで、通常の公演とは性格が異なる。ワーク・イン・プログレス形式の連続公演は珍しくないが、ここまで場所も性格も異なるケースは、ちょっと珍しいかもしれない。

この10月に行われた「LOVE practice 2009 vol.4」は、そんな彼女たちの4回目の公演だ。会場は阪神間の酒の名所、灘五郷。造り酒屋「灘泉(なだいずみ)」の、敷地内にある酒蔵ホールである。

愛 の 鍛 錬 か ら 酒 の 精 霊 た ち の 群 舞 へ


古い木造の酒蔵の、薄暗い2階で舞台は始まる。下手奥から入場するのは、2列縦隊に並んだシルエット。大きな帽子を深々とかぶり、黒装束に身を包む。窓から差し込む逆光を浴びて、表情もよくわからない。佐藤忠良の黒錆びた彫刻にも似た、無表情な影の群れ。男性か女性かも判然としない、このマネキンのような影たちが、整然と入場して幕が開くのだ。

その後、隊列は次第にほぐれ、ステップを踏んで遊歩を始める。都会的で匿名的なステップの交差、軽やかでリズミカルな影たちの行き交い。タップのようにリズムを取って、踏み鳴らされる足取りの鼓動は、やがて熱を帯びはじめ、互いにまぐわい、もつれあう。

photo: sasamotomasaki
photo: sasamotomasaki

「LOVE practice=愛の鍛錬」と題されただけあって、この場面はなかなかエロティックだ。手を、足を縺れさせ、愛の教程を互いに演じる。過熱していく愛の教えが、終盤に差しかかろうとする頃、各人はやっと帽子を取って、その顔を露にする。男女が愛を語らうのに、匿名のままではいられない、ということだろうか。

ほのかに顔を上気させ、汗にまみれた影の隊列。だが彼らは三々五々、会場ワキの廊下へと、吸い込まれるように出て行ってしまう。係に促されて廊下を覗くと、ダンサーたちが脱ぎ散らかした草履が、落ち葉のように散らばっている。土蔵の暗がりの赤い鼻緒、その無造作な散らばり具合。実に美しい光景である。

草履に誘われるように隣の部屋へ、観客は吸い込まれて移っていくが、そこにはダンサーが見当たらない。ふと上を見上げると、まるで止まり木の鳥のように、梁の上にダンサーがとまっている。黒装束を脱ぎ捨てて、生成りの白装束に身を包み、梁の上に居並ぶダンサーたち。薄暗がりに浮かぶその姿は、古い酒蔵に住み着いた、酒神の精霊のようにも見える。

撮影:山口紘平
撮影:山口紘平

やがて酒の精霊は、一人また一人と降り立って、縦横無尽に走り出す。互いに体をぶつけあい、水を浴びせられ全裸となり、暴れ回る精霊たち。ギリシャの酒の神、ディオニュソスの祝祭は、野蛮極まりない乱痴気騒ぎだったというが、我が国の酒の神「松尾さん」の祝祭もまた、太古の昔にはそうだったのだろうか。そんなことを考えるうちにも、精霊の祝祭は進んでいく。

自 然 の 光 で 歴 史 的 景 観 を 味 わ う 贅 沢 さ


終盤、蔵の窓が閉め切られ、場内は暗闇の中に沈む。と、そこに差し込むプロジェクタの灯り。この映像を照明替わりに、ダンサーたちは群舞を演じる。前半の自然光を活かした演出から、人工の灯りに切り替わるのだ。

会場全体を照らすプロジェクタの光は、古い真っ暗な酒蔵のなかを、瞬時に花畑や深海に変える。映像は床や天井を乱舞して、踊り手の衣装の上を舞う。それは暗闇に突如花開く、人工楽園のようでもある。約1時間半に渡るこの舞台は、この場面で終わりとなる。

撮影:山口紘平
撮影:山口紘平


撮影:山口紘平
撮影:山口紘平

外に出ると人工楽園から一転、午後の陽射しをいっぱいに浴びた、灘五郷の風景があった。会場となった灘泉は、明治15年の創業だそうだ。130年近い歴史があり、震災以降すっかり数少なくなった、貴重な木造の酒蔵でもある。山手に続く石屋川には、両岸に緑の松並木。プロジェクタの人工楽園も悪くないが、やはり自然の光はいい。その灯りで見る景観が、歴史ある風景なら、なおさらだ。

実は今回の公演では、前半は照明もほとんど使わず、自然の光だけを使っていた。天然自然の太陽光には、実に様々な波長の光が、複雑に溶けて混ざっている。これに対し人工の灯りは、波長が偏っていて深みに乏しい。蛍光灯は寒色ばかり、白熱電球だと暖色がきつい。幅広い帯域に渡る可視光を、すべて併せ持つ豊かさが、太陽光には備わっている。科学万能の現在でも、太陽を超える光源はない。

天然の太陽光を十二分に活かして、歴史的な舞台の上で、ナマの身体をじっくり見る。そんな贅沢な演出が、今回の面白さだったと私は思う。最近はお酒に弱くなったので遠慮したが、今回の公演のお土産には、なんと日本酒一本がついていた。その場に特有の自然の光で、その場所そのものを舞台にして、その場でできた酒を味わう。実に豊かでサイトスペシフィックな作品だと言える。

ちなみに会場のオーナーである蔵元の灘泉は、この酒蔵ホールで不定期的に、コンサートや講演会、演劇公演などを行っているのだという。私は会場から電車で数分の場所に住む地元民だが、今回この場所は初めて知った。こうした場所を見つけ出す、布谷の慧眼とフットワークの軽さに、まったく感服せざるを得ない。年内に完結するという「LOVE practice 2009」、その最終公演が楽しみである。



LOVE practice vol.4
2009年10月3日(土) 14:00 灘泉(泉勇之介商店)酒蔵ホール

出演:伊原加積 桐子カヲル 九寸 小谷麻優子 渡利昌子 徳毛洋子(Popol-Vuh) 藤井雅(〇九)
振付・演出・出演:布谷佐和子
音:在里佳余子 田島隆 はくさんまさたか
映像:sasamotomasaki
舞台監督:河村都(CQ)
制作:shizukanakoe project
協力:劇団ヴァダー アワーズ 泉勇之介商店 上念省三 神戸ビエンナーレ事務局




樋口ヒロユキ(ひぐち・ひろゆき)
美術評論家。1967年、福岡県生まれ。関西学院大学文学部美学科卒。『ユリイカ』11月号、伊藤若冲特集に執筆。単著に『死想の血統 ゴシック・ロリータの系譜学』(冬弓舎)、共著に『酒鬼薔薇聖斗への手紙』(宝島社)、日本はどうなる2007』(金曜日)、『絵金 祭になった絵師』(パルコ出版)など。http://www.yo.rim.or.jp/~hgcymnk/

Translate »