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大藪もも「もものフランス記 第3回」

2009年09月8日

「踊りたくて……」


洗濯機を使うにも、買い物に行くにも電子辞書片手に暮らした2週間が過ぎ、いよいよDANSE D’AILLEURS開催まであと1週間と迫ってくると、簡単雑用&鶴を折る少女(折り紙で会場を飾るモビールを延々と作っていた)としてオフィスに顔を出すようになっていました。オフィスに居場所と話せる相手ができて、忙しいながらも楽しい毎日を過ごしていました。

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そしてフェスティバルの開催を目前に控えた日曜日に開かれたのがAndreya OumbaによるダンスWS。「待ってました!!」って感じです。DANSE D’AILLEURSは基本的には公演がメインのフェスティバルなので、WSは前夜祭イベントの一つとして開催されます。WSは日、月曜日の14~17時、料金は35ユーロ、プロ、アマを問わず参加可能なインプロのワークという設定。日曜はともかく平日の真昼間って誰が来るねん? と思っていましたが、これが結構な人数になっていました。両日共に20人くらいはいたでしょうか。女性が多いのは日本と同様で、男性の参加者はダンサーらしき人が1人だけでした。プロ、アマ問わずということで、学生らしき人、50代くらいのご婦人、ダンス経験のありそうな人まで年齢もダンス経験も様々な人々の集まりでした。

講師のAndreyaは1975年アフリカ南部に生まれ、ドイツでCarlos Orta、Flora Thefaine、Avi Kaiserらに学び、現在はセネガルを拠点に活躍しているコレオグラファーでした。1975年生まれということは33歳なのですが、どっしりと背が高くて、落ち着いた様子は実年齢よりずいぶん上に見えました。各国を渡り歩いているAndreyaは英語が話せるのですが、当然他の参加者には必要がないので私のために後から英語で説明してくれました。時々、Andreyaが英単語を思い出せなかったりすると他の参加者が助け舟を出してくれたりして、協力体制万全です。私は「OK?」と聴かれる度に、ぴょこんとジャンプして頭の上に両手で○を作って応えていました。後日、Andreyaは私に「日本人は皆、ああするのか?」と尋ねてきたので、「Yes」と応えておきました。Andreyaや他の多くの参加者達にとって、フランス語を解さない、この変な少女(?)は日本人の代表みたいなもんでした。自分が日本人として見られることに慣れていない私は、異国の地で改めて自分が日本人というカテゴリーの人間であることに気づかされました。しかし、それは決して窮屈なものではありませんでした。むしろ、踊る瞬間ここには誰も私を知る人はおらず、誰とも関係性のないことがとてつもなく自由でした。日常的に得体の知れない異邦人な私は、どんなに変なことをしようとも異邦人というカテゴリーで処理される自由を存分に味わいました。いつも客席から「ああー広くていいなー、踊れていいなー」と思いながら観ていたステージの上で、この3週間で言葉にすることができず内側に蓄積されたとびっきり新鮮な出来事の束をぶちまけるように踊りました。インプロのワークで本当によかったです。

さて、次回はいよいよDANSE D’AILLEURS本番です。ももガッツリ働きます。

(つづく)


大籔もも(おおやぶ・もも)
踊りたい制作者。現在
schatzkammer制作、coron dance&music運営。時々わが身をもってダンスをお届けし、また時にはこうして文章を書きながら、楽しく踊れる環境の保護・育成にいそしむ。

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