砂連尾理(じゃれお・おさむ)振付家・ダンサー。1991年、寺田みさことダンスユニットを結成。近年はソロ活動を行い、舞台作品だけでなく臨床哲学者や、映像作家、情報・ロボット工学者と様々なプロジェクトを行う等、ジャンルの越境、文脈を横断する活動を行っている。2002年7月「TOYOTA CHOREOGRAPHY AWARD 2002」にて、「次代を担う振付家賞」「オーディエンス賞」W受賞。2004年度京都市芸術文化特別奨励者。2008年度文化庁・新進芸術家海外留学制度研修員。立命館大学、神戸女学院大学、近畿大学非常勤講師。http://www.osamujareo.com/
2012年6月28−30日に、国際ダンスシンポジウム「踊りと老いー欧米と日本の文化比較における身体のエステティックスとポリティックス」を行いました。これは、ベルリン自由大学主催で、舞踊学を教えるガブリエレ・ブラントシュテッターさんと中島の2人が共同で企画し、ベルリンのヴェディング地区にあるウーファースタジオで実施したものです。シンポジウムが行われたウーファースタジオというスペースは、もともと工場として使われていましたが、2010年の開館以来、タンツファブリックが劇場を構えリハーサル用のスタジオを提供するだけでなく、ベルリン芸術大学の舞踊学科が校舎を共有し、その他にもタンツビューローベルリンなどダンス関係の機関がオフィスを並べる、一大ダンスコンプレックスとなっています。
このシンポジウムでは、ダンスにおける老いというテーマを考える為に、アメリカのポストモダンダンスのアーティストが立てた二つの問いから議論を始めました。つまり、1、誰がダンスを踊ることが出来るのか、そして2、誰がダンサーとして認められる(identify)のか、という問いです。この二つの問いを巡って、シンポジウム全体の議論は構成されています。欧米の多くの文化において老いのテーマはタブーであり、それはダンスという芸術分野において最もはっきりと現れています。ダンサーは老いることで円熟するのではなく、ただ動けなくなると考えられ、老いても舞台に立つダンサーは欧米では非常に稀です。通常ダンスの歴史において、ダンスのテクニックとはどういうものか疑問を投げかけたのは、NYジャドソン教会派のイヴォンヌ・レイナーであるとされます。訓練されたダンサーの動きではなく、日常的に歩くこと自体をダンス作品として提示したレイナーは、このダンステクニックへの問いかけから、近年の自身のダンス作品で老いの問題に取り組むようになっています。また、障害学という分野では、何かが出来る(Able to do)とはどういうことなのかを考察しますが、こういったアプローチは近代社会のどのような条件や政治との駆け引きの中で、ある人が障がい者と見なされるかを、私たちに教えてくれます。また、日本の舞台芸術において、老いを慈しむあり方は、高齢になっても踊り続ける大野一雄さんら舞踏家にも見られるでしょう。それ故に、ダンスで老いを取り上げることは、日本の美学から立ち上げる欧米のダンス文化への問題提起なのです。このシンポジウムではこのような話の流れを、4つのセクション(1. Contextualizing Postmodern dance, 2. Alternative Dancability: Disability and Performance, 3. Aging and Postmodern dance, 4. Intercultural Perspectives)を通して辿りながら、理論と実践の双方の立場からの学術講演、レクチャーパフォーマンス及びパフォーマンスを行いました。
6月28日にガブリエレ・ブラントシュテッターさんと中島が行ったオープニングでは、それぞれ花柳寿々紫を撮影したロバートウィルソンのビデオインスタレーションと大野一雄の息の例を挙げ、踊りにおいて老いの問題が紡ぎだす様々な状況や問題を提示しました。それに続く「第1部:ポストモダンダンスにおける老い」では、パフォーマンス・スタディーズでの既に歴史的な研究者であるスタンフォード大学のペギー・フェランさんが、ピナ・バウシュとマース・カニングハムの2人の亡き巨匠を、「ダンスの終り」というテーマで精神分析などの角度から分析していきました。その後、ヨーロッパでのポストモダンダンス再考を担う英国のダンス史家ラムゼイ・バートさんが、イヴォンヌ・レイナーの作品Convalescent dance (1967)をめぐって歴史考察を行い、1日目の夜には振付家ジェス・カーティスさんが、クラッチを用いるパフォーマーと作った作品と、老いがテーマの作品に関するレクチャーパフォーマンスを行い、観客を魅了しました。
2日目の6月29日は、「第2部:もうひとつのダンスする力-障がいとパフォーマンス」に入り、アメリカ・オーバリンカレッジで教鞭をとるダンス研究者アン・クーパー・オルブライトさんが、これまで行ってきた障がいとダンスに関する研究に、重力と身体に関する研究視点を交えた素晴らしい講演を行いました。その後、ベルリン自由大学で舞踊学を教えるスザンヌ・フェルマーさんによって、「身体のボーダーライン―舞台でのディス/アビリティ」というタイトルで、演出家ロメオ・カステルッチや振付家マリーシュイナールの作品で用いられる障がいや老いの表象について、秀逸な作品分析が行われました。その後、アメリカ・ミシガン大学障害学研究所を統率するペトラ・クッパーズさんが、ドイツ、英国そしてアメリカへと障がいを持つが故に辿ることになった自身の経歴を話しながら、ホスピスにおけるコミュニティ・ダンスのプロジェクトとその研究成果について講演を行いました。
2日目の午後は、「第3部:ポストモダンダンスにおける老いと身体のポリティックス」というテーマに入り、まずベルリン芸術アカデミーでキュレーターをつとめるヨハネス・オーデンタールさんが、ドイツの振付家ゲルハルト・ボーナーの老いに関する作品を紹介した後、埼玉大学で芸術学を教える外山紀久子さんが、老人、弱者、そして傷病者を巡って、日本や欧米における民俗、伝統芸能やシャーマニズム及びポストモダンダンスでの膨大な例を用いて考察を行う講演を行いました。2日目の夜は、振付・砂連尾理さんに加え、西岡樹里さん福角宣弘さん星野文紀さんカロル・ゴレビオウスキさんゲルト・ハルトマンさんニコ・アルトマンさんによる「劇団ティクバ+循環プロジェクト」のパフォーマンスの一部が公開され、シンポジウム来場者から多くの喝采を浴びました。公演後のNPO法人DANCE BOXの大谷燠さんを加えてのポストトークでは、循環プロジェクトからの歴史が紹介され、また、振付のアイデアが振付家と出演者の誰からいつどのように生まれてきたのか、星野さんの作品での存在はどのようなものかなどへの質問と、活発な議論が行われました。
最終日の6月30日(土)は、最も多くの観客動員を記録し、また日本の舞踏や伝統芸能における老いの視点が、議論された日となりました。まず、イギリスの劇作家でディスアビリティ・アーティストでもあるケイト・オライリーさんによる発表で、彼女のプロジェクト「サイレント・リズム」が紹介され、作り手の感覚障がいが、創作とインスピレーションの源として働いていることが、本人の手話のパフォーマンスと共に紹介されました。それに引き続き、92歳で現役の米国のダンサーアンナ・ハルプリンの第一人者である、アメリカ・スタンフォード大学のジャニス・ロスさんによる発表が行われました。「セクシャリティと老いる身体―アンナ・ハルプリン、人生の終りにエロスを踊る」という、亡き夫ローレンス・ハルプリンを追悼するハルプリンの近年の作品に関する考察が行われ、米国ダンスにおける老いとジェンダー、そしてエロスという問題が、貴重な資料とその緻密な歴史考察の上に明確に浮かび上がってきました。「第4部:インターカルチュラルな視点」では、アメリカ・カリフォルニア大学のダンス研究者マーク・フランコさんによる、大野一雄、マース・カニングハム、マーサ・グラハムにおける老いと手の動きとの関連が分析され、また、イヴォンヌ・レイナーの作品We Shall Run (1963)と当時のドイツにおけるコミュニティ・ダンスでの興味深い影響関係が、初めて指摘されました。
最終日の午後のプログラムでは、舞踏家大野慶人さんによる、「命の姿」というレクチャーデモンストレーションが行われ、震災後の状況に祈りを捧げるソロと、シンポジウム参加者と一緒に踊るワークショップ形式の部分とが組み合わせられ、見る者の心を揺さぶる感動を残しました。そして、歌舞伎批評の渡辺保さんによる講演「老いの花」では、中村歌右衛門や井上八千代等の名人を取り上げ、伝統芸能での老いの美学を支える「虚構の身体」や「芸」といった日本の美学の感じ方が、ビデオを見せながら明確に説明されていきました。伝統芸能の公演は行われても、その批評的視点や美学は国外ではあまり紹介されないため、この講演はベルリンの観客に日本の老いの美を理解する貴重な機会を与えていました。シンポジウム最後のプログラムとして、「劇団ティクバ+循環プロジェクト」を巡るラウンドテーブルが企画され、神戸大学で文化政策を教える藤野一夫さんの司会により、振付の砂連尾理さん、劇団ティクバからゲルト・ハルトマンさんとニコル・フンメルさん、NPO法人DANCE BOXから大谷燠さんが、老いた身体と障がいを持つとされる身体において、それぞれの国の文化政策における差異をふまえての討議がなされました。
この踊りと老いという初めてのテーマでの国際ダンスシンポジウムに対するドイツメディアの反響は大きく、西ドイツ放送(WDR3)の番組“Resonanzen. Die Welt aus dem Blickwinkel der Kultur”や、ドイツ全国放送(Deutschland Funk)のラジオ番組“STUDIOZEIT” Alter und Tanz. Über Ästhetik und Politik des Körpersで、インタビューや当日の模様が紹介されました。また、オーストリアのダンス批評サイトTanz.at にもレポートが掲載されました。シンポジウム後の7月5-7日には、NPO法人DANCE BOXとベルリンの劇団ティクバとの共同制作 “Thikwa plus Junkan Project: Teil 3″ が上演され、振付は砂連尾理さん、私もダンスドラマトゥルクとして参加しました。こちらの公演の様子については、京都エクスペリメント公式サイトに掲載しておりますので、ご参照下さい。そしてこのコラボレーションは、2012年のKYOTO EXPERIMENTに続いていきます。
中島那奈子(なかじま・ななこ)(c) Gerhard Schabelダンスドラマトゥルク、ダンス研究者。2004年からダンスドラマトゥルクとしてNYの実験的な作品制作現場で活躍し、ルシアナ・アーギュラーとの作品は2006年度NYベッシー賞受賞、2008年にベルリンで立ち上げた『劇団ティクバ+循環プロジェクト』は2011年神戸で初演。2006年よりニューヨーク大学客員研究員、Jacob’s Pillow Dance Festival研究フェローなど歴任。ドイツ学術交流会(DAAD)の支援を受け2007年よりベルリン自由大学で『踊りにおける老いの身体』で博士号取得後、2011年から日本学術振興会特別研究員(PD)に着任。http://www.nanakonakajima.com/