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「踊りに行くぜ!!」vol.10 ダ!ダダ!ダンス!!大スピーチ大会!(樋口ヒロユキ)
2010年03月9日
画像提供:JCDN
■どうしたらダンスに人は来るのか
「踊りに行くぜ!! Vol.10 Special in ITAMI」のフリンジイベントとして、スピーチ大会が催された。全国各地からダンサー、振付家、アドミニストレーター、そして美術分野のパフォーマーなどが集まり、スピーチを行うという催しだ。私も末席を汚す形で、この晴れがましい場に呼んでいただいた。
壇上に立ったのは二十数名。「踊りに行くぜ」が果たしてきた役割は、いくら強調してもしすぎることはなく、それでこの10年、ダンスの観客は大いに増えたし、多くの発表者はその功績を讃えた。だが同時にあるところで観客数が伸び悩み、頭をぶつけているというのも、共通した認識のようだった。
いろんな立場からのスピーチがあったが、その多くは「どうしたらダンスに人が来るのか」という、切実きわまりない問題提起だった。You Tubeとどうつきあうのか。観客が勉強しないとわからないような演目でいいのか。子どもたちへの普及にもっと力を注ぐべきではないのか。社会の周縁部にいる人たちにもっとアクセスしてはどうか。地域にダンスが根付かなくてはダメなのではないか。ダンスについての価値観が一枚岩になっていないか。もっと多様な美意識に基づくダンスがあってもいいのではないか……。
どれもこれも「その通り」と思うものばかりで、関係者各位の不断の努力と熱意に、頭が下がるばかりだった。私も一つアイデアを申し上げると、アルファブロガーをと手を組む、というのはどうだろうかと思う。
世の中にはプロ級の筆力を持ったアルファブロガーという人たちがいて、映画、芝居、音楽など、それぞれの分野に達人がいる。彼らのサイトは何十万人という人が閲覧していて、たとえば演劇などはダンスと同じ舞台芸術だし、現代美術のファン層にも、実はダンスのファンが多く、そこに書かれれば驚くほどの人が読む。そんなアルファブロガーに招待券を渡し、ブログに書いてもらうのである。
お客様は神様であって、観客が自分のおカネと時間を、ダンスに使うか芝居に使うか、映画に使うかスポーツを見るかは、まったく観客の自由である。その無限の選択肢からダンスを選んでもらうには、とにかくなんらかの意味で「外」の人と接触し、観客の輪を広げていく以外にない。アルファブロガーはその一つで、ギャラリストでもミュージシャンでもなんでも良い。まずはこちらからチケットを渡して見てもらう「お試しサンプル」の実施を、私からはお勧めしておく。
■目黒大路「この物体」
公演そのものについても触れておこう。私が注目した演目は二つ。ダントツだったのは目黒大路(めぐろ・だいじ)の「この物体」という演目である。何が凄いか。とにかく、人間の肉体に見えない。カニにしか見えないのである。
恐ろしく低い姿勢で両足を開き、横移動を繰り返し、時にフィルムの逆回転のように、瞬時に動作をリバースさせる。カニにしか見えない、と書いたが、正確には「カニにさえ見えない」、といった方が正確だろう。もはや人でもカニでもない異形の物体、まさしく「この物体」が顕現する舞台である。
舞台は三部構成になっていて、この「カニ編」は真ん中のパートである。このほか、水中の藻くずのような動作を繰り返すパートと、釣り上げられた魚のように痙攣を繰り返すパートが用意され、それぞれ驚くべき肉体のありようが示される。「藻くず編」「カニ編」「釣魚編」、とでも呼べば良いだろうか。
もちろん比喩的に言えばそうなるというだけの話で、パントマイムをやっているわけではなく、藻くずでもカニでも魚でも、ましてや人間のものでもない、異様な肉物体が提示される。これを、まったく贅肉をまとわない、シェイプアップされた筋肉質の体で、見事に演じきるのである。
小道具なし、音楽なし、セットは白いリノリウムを貼っただけ、たった一人のダンサーが演じた演目。にもかかわらず舞台が一番狭く見えたのは、目黒のこの演目だった。種も仕掛けも一切なしの、こういうストレートな舞台からは、やはり胸に迫る緊迫感を感じる。
目黒大路のルーツは舞踏だそうだが、いわゆるクリシェ化した舞踏のあり方とは、目黒は全く異なっている。白塗りにも丸坊主にもしていないし、白目も剥かないし逆毛も立てない。ただ、驚くべき肉体がそこにある。そのことによって目黒は、より根源的な意味での「舞踏」の姿を、いま現在に提示している。
■MOSTRO「MOSTRO(怪物)」
もう一つ私にとって興味深かったのは「MOSTRO」という、女性5名のユニットによる演目である。昔懐かしい天井桟敷の「大滅亡」と呼ばれる荒技を、暗転板付きで行うところから幕が開く。「大滅亡」というのは全員が飛んだり跳ねたり倒れたりをアトランダムに繰り返すもので、ダンサーは体中が痣だらけになる。これもまた緊迫感のある導入部である。
演技を通じて印象深かったのは、女性ダンサーの「髪」に対する、執拗なまでのこだわりである。互いの髪をわしゃわしゃと揉み、髪と髪を絡め合わせ、髪で全員が一つの生き物になったかのように縺れあう。全員が長く伸びた髪を手で持ち上げて拡げ、髪で顔を覆い尽くしてぶるぶると震える。
全編が髪、髪、髪で覆い尽くされ、さながら伊藤晴雨の責め絵を見るかのような「髪のダンス」。しかも、こうした髪の群舞が、Baby-Qの豊田奈千甫による楽曲を思わせる、ノイズサウンドをバックに展開される。異形、異様のダンスである。
身体が大事だと語るダンサーは少なくないが、髪に注目するダンサーは、意外なくらい少ないように思う。しかも、ここまで強迫的に髪にこだわる演目は、少なくとも私は初めて見た。洋の東西、古今を問わず、髪には呪力があるとされ、普遍的な魅力と魔力を感じさせる、周縁的な身体部位とされてきた。にもかかわらず、髪にフォーカスした演目は少ない。そこに飛び込んだ着眼力を買いたい。
本作の振り付けを行ったのは、齋藤亮という男性だ。ここまでストレートに髪にこだわれたのは、男性の振付家だったからかもしれない。ちなみにこの齋藤亮は、Baby-Qや男肉 du soleil、新世界ゴールデンファイナンスなどでも踊っている人物だとのこと。Baby-Qが関西を見捨ててはや数年、やっとこういうサイバーで呪術的で猥雑な感覚を持ったカンパニーが、再び関西に出てきたかと思うと、まったくもって感無量である。
基本的に私が好んで見に行くのは、こういう無軌道な身体の暴発に近いダンスである。どこにでもある身体で、どこかで見たような動作を見せられても、観客は面白くも何ともない。見たことのない身体で、驚愕すべき振る舞いを見せて初めて、人はダンスを見に来るからだ。目黒にせよMOSTROにせよ、誰もがまだ見せたことのない身体のあり方をきっちり見せたという意味で、私にはきわめて興味深く思えた。いずれも今後に期待したい作家である。
樋口ヒロユキ(ひぐち・ひろゆき) サブカルチャー/美術評論家。1967年、福岡県生まれ。関西学院大学文学部美学科卒。『ユリイカ』『TH』『週刊金曜日』ほかに執筆。単著に『死想の血統 ゴシック・ロリータの系譜学』(冬弓舎)、共著に『絵金 祭になった絵師』(パルコ出版)など。http://www.yo.rim.or.jp/~hgcymnk/
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