2009年06月25日

A-2(ダンスメソッド) キース・トンプソン トリシャ・ブラウン・ダンス・カンパニー(TBDC)で長年踊ったキースによるリリーシング・テクニック・レッスン。身体構造の緻密な理解を促しながら、負荷なくかつダイナミックに踊る、TBDCのテクニックを紹介します。



prof_kiethキース・トンプソン (USA / N.Y. アメリカ合衆国/ニューヨーク)
恵まれた身体的資質に裏打ちされた伸びのあるダイナミックな動きが多くの人々を魅了する。骨格や筋肉の構造に正確に、無理なく動くことで生まれる軽やかな動きの中に、ハッとするような驚きやウィットが込められている。アメリカとヨーロッパ各地でダンスを学んだ後、リリーシング・テクニックの先駆者として有名なトリシャ・ブラウン・ダンス・カンパニーで10年間踊る。その間リハーサルディレクターも務め、現在TBDCでWSを継続する他、アメリカ・ヨーロッパ各地で指導を行うなど優れたダンス講師である。’06年、自身のカンパニー“dance Tactics”を設立。

満面の笑みを浮かべて、彼は会場に現れた。入ってくると早々、受講者に軽い挨拶を済ませると、笑みを絶やさず軽い談笑を始め、フリースペース内は和やかな雰囲気に包まれた。正に精神的リリーシングテクニックの開始!?(笑)と感じてしまうほどだ。しかしフロアに立つとすぐに、1つ1つ柔軟に身体を解していく。それにつられる様に、受講者たちも入念にストレッチを繰り返し、準備を整えだした。

今回のワークショップで、私自身としても初めての、ドキュメントスタッフとして活動させていただいたのですが、そこで、私がキース・トンプソンに対して感じたものを、敢えて言葉で表現するならば、リリーサー(releaser)、と名義したい。彼はその見えない膜によって覆われたものを打ち破っていく’解放者’に思えてならない。可想界、英知能力、超感覚、感性的知覚への追及は、このような存在をなくして語れない。そして時にこの感覚を呼び覚ますには、人と人との交流できる機会を設けることで、誘発できるものであると考えている。

その中で幾つかのリリーシングテクニックとして、彼は空間創りを指示した。そして彼は骨格全体を楽しむようにアドバイスを送った。呼吸に意識を集中し、骨盤、背中、そして肩甲骨をエネルギーが辿り、天井へおくるように、という言葉に続くように、全員の意識が上へ上へと昇っているような気がしてならなかった。次に、「吐き出す息に音を出しましょう」と、キースが言う。そうして吐く息の音は皆それぞれだけれども、妙に心地よい和声音が成り立っていき、次第に共鳴しだし、共に空間を創りだしていっている、まるで教会でミサを聴いているような感覚に似ていた。

2人1組でストレッチ。互いの腕を持ち、ろっ骨を持ち上げる運動、触れ合うことが多くなり人の間にも、他人との疎通が見られ、他人の身体を意識するようになる。他者の視点が加わることで、また違う自分を、違った視点で見られるという関係が成り立つ。客観性が加わるということは、俯瞰で物事を見るとき、判断するとき、心理を読み解く時、五感がフル活用される極致だと感じる。

そして、実感として大きく自分に影響したなと思ったのは、ストレッチの重要性だ。しかもそれは日常生活の中で使われてこそ、という事だ。言うまでもなく健康状態、リラックス状態は、肉体的側面と精神的側面の両方を満たしていて、初めて成り立つものである。この身体と精神のバランスは、偏ってはならないものの、多少の時間を割き、運動することで、身体の解放へ繋がり、それと同時に精神の解放へのアプローチになる。このような有効な循環機能を理解すると、反省しなければいけないことが、多々あることに気づき、メタボリック症候群まっしぐらの自分にとっては、実に恥ずかしい限りである。

以前、大学講義で、日常の何気ない会話を、身体運動を加えて表現してみよう、という題目があり、今その事が多少なり意味を成していたのだな、日常に起因する、すべての身体表現であり、身近な自己表現なのか、と。

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Photo by K. Hanako

ラスト30分は具体的な動き、想像上の四角いボックスの空間で踊り、または音楽のリズムのビートにのせ、前進しながら舞っていく。考えながら動きなさい、キースはそのように言った。まるで受講者は制作過程の段階で右往左往する、造形作家のようであった。まとまった形になるまで何度も繰り返す。完璧な完成は不可能であるが、時間がたてば完成させねばならない。その見えない重圧と戦っている姿には、私にものすごく勇気を与えてくれる。私が取材したのは初日であったので、5日後の彼らの姿を見られないのは、非常に残念で心残りであった。

現代の諸問題として、経済、効率、利便性の追求に対して、人は精神というものの豊かさを疎かにした。身体に関して言えば、医療、栄養、食糧物資は豊富なものの、それを精神圏に運ぶことは、未だ達成できているとは言い難い。私は、この現代社会を、身体、又は精神共に、充実した日々を送るために、日常の日々の中から、リリーシングテクニックを駆使し、生き残るための’術’を模索し続けなければならない、と感じ、またこのような機会を設けてくださった、ドキュメント関係者、スタッフさん、ボランティアの皆さん、そして、キース・トンプソンさんと、その受講者たちに感謝の気持ちでいっぱいです。本当にありがとうございました。

南 和哉(みなみ・かずや)
大阪芸術大学芸術計画学科3回生。アートマネジメントを専門に渡って学び、現代における様々な芸術や表現を、社会といかに結びつけていくか、ということに重点を置き、関西を中心に活動中。
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