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高嶺格インタビュー

2009年07月26日

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聞き手+構成=森本アリ+森本万紀子
写真:清水俊洋(『アロマロア・エロゲロエ』)/森本アリ(その他)

このインタビューは、2006年秋に発表された、高嶺格演出による舞台作品『アロマロア・エロゲロエ』をめぐるものです。高嶺格といえば現代美術作家として知られていますが、パフォーマンス・グループ、ダムタイプに在籍していたり、パフォーマンス作品やビデオ作品も多く、Noismやイスラエルのバット・シェバ舞踊団のダンス作品でコラボレーションも行っています。また2004年に横浜美術館での出品拒否騒動で物議を醸した高嶺のビデオ作品『木村さん』は、猥褻などの議論がバカバカしい、広く一般に観ていただきたい人間の存在意義ついて深く胸を揺さぶられる作品です。僕と高嶺とは十年来の付き合いなのですが、高嶺は個人的な作品をつくりつつも、そこには常に人とのつながりが根底にあり、舞台作品の演出への進出はある意味必然だったように思われます。

『アロマロア・エロゲロエ』は、兵庫県伊丹市のアイホールが若手演出家/振付家へ新作委託をし、3年計画で3作品発表する「Take a chance project」シリーズの一環です。その依頼を受けた高嶺は、2005年、客員教授として着任していた京都造形大学の映像舞台学科の授業を通して、学生たちと『もっとダーウィン』を共同制作し、発表。(この作品に関しては、log osaka内のPEOPLE欄 Vol.71 高嶺格インタビュー に詳しいので、ぜひお読みください。)そして『アロマロア・エロゲロエ』は、その第2弾として翌2006年に発表されました。

両作品とも学内制作によるため、各々アイホールでの本公演の約1ヶ月前に京都造形大学内にて公演しています。『アロマロア・エロゲロエ』の場合は、学内公演での出演者は25名でアイホールでは13名、また内容についても9割は異なり、別の作品と言って差し支えないものでしょう。両作品共に、学生たちの良い意味で訓練されていない身体性、若くみずみずしい感性が発揮された作品です。『アロマロア・エロゲロエ』のアイホール公演では、クライマックスで学生出演者全員が暗い照明の中で全裸で目をつぶって歩き回るシーンが大きな感動を呼びます。

今年の夏にも3作目の舞台作品が発表されます。そして今回は出演者を一般より公募し、アイホールでのワークショップを経て発表されます。乞うご期待!


とりあえずダンスですが


アリ  僕はまずノンダンサーの良さを聞きたいと思って。舞台上で素人とプロが混在していたりすると、プロがめっちゃ見劣りすんねん。それは訓練されている身体が“出来ちゃってる”みたいなところで全然面白くなくて、素人さんがやっていると何をやっても面白い。僕も極端やねんけど(笑)。素が見える。高嶺の舞台作品は、ある程度学生をコントロールをしないでいるところで面白いものが生まれてるよね。

高嶺  自分の作品がそうなんだけど、僕はもともと演技をするとか、虚構の自分、フェイクのものを作るということを、どうしたら出来るかが分からないし、素の自分が舞台に乗っている以外のやり方が分からない。多分もともとそうで、だから素の自分を舞台に乗っけるということも、意欲的にそれを一個のテーマとして立ててやっているわけじゃなくて、そうにしかならないっていう感じやね。

アリ  去年の『もっとダーウィン』は群舞とかダンスシーンが結構あったけど、今年の『アロマロア・エロゲロエ』ではほとんどなくなったよね。言葉重視でもないけど、もっと演劇的。『もっとダーウィン』の方が抽象的なものが多かったし、2部でダンサーのソロがあったから、それも含めてもっとダンサブルだった。

高嶺  今年はアイホール公演の時にダンス系の子がいなかったのが大きいんちゃうかな。今年の授業は学生の参加人数がすごく多かったの。『もっとダーウィン』のウケが良かったので、それを見ていた子が今年3回生になってガーッと入ってきたのと、彼らが1回生の時に僕が授業を持っていたので、お互いをちょっと知っていたのもあって、すごく人数が多かった。だからその中から、学内公演の出演者は25人いたんだけど、学校で伊藤キムの特別講義があって、それと伊丹公演が日程的に重なっていたから、ダンス系の学生がみんな抜けて芝居系の子が残った。だからダンスになるか芝居になるかもメンバーによるっていうか。僕は別にどっちがやりたいっていうのはないし、だいたいその境目もわからないし。

アリ  作品としてはどうなん? 美術作品、ビデオ作品やインスタレーション作品と舞台作品との分け方というか。自分の所在はもうちょっと少なくしてるやん、もちろん。オレ印をつけないでしょ。

高嶺  でも美術作品でも似たようなもんやよ。ブリコラージュというか。オレ印もってないし。

アリ  うん。そして他者の介在を求める。

高嶺  一から何かつくれるとは全然思ってないからね。


授業


高嶺  『アロマロア・エロゲロエ』は前期だけの半期枠の授業で作ったから、すっごい集中した前期で、その間はもうほんと舞台のことだけ考えてた。やっぱね、舞台を作るのは大変やわ。美術よりも経験値が低いせいなのかなあ。人間相手やしなあ。体力使うなあ、ほんまに。
 今回、授業の間はすごく苦労していて、まあ人数が多いからだと思うんだけど、一対多になったら、学生は“言われ待ち”みたいになるというか……。僕が全部アイデアを考えたり配役をしたりする気は全然ないし、とにかく人として変わってもらえなかったらあまり意味がないと思っているから、それがどうやったら出来るのかなと思ってね。とりあえず飲み会を何回もやった。

アリ  まあ、とりあえず知り合わないと、っていうことやね。

高嶺  そうそう。仲良くなってリラックスしたら、信頼関係って作れるんかなあって。それで飲み会をやって、楽しかったけど、やっぱり授業に来ない子もいっぱいいた。
 最初の授業の時に、「去年は全肯定からはじめたけど、今年は全否定からはじめます」と言って、“自分が守っているものはなんですか”とか“敬語についてどう思うか”みたいなことをアンケートで書いてもらったりした。どこから始めるか、その手がかりみたいなものを求めていたんだと思う。どこかでひっかかって来ないかなと思っていろいろ話をして、普通に最近見た作品で何か面白かったものがあったら教えてくれとか、小紋(注:高嶺のお子さま)を連れていって“赤ん坊を観察しよう”とか。それもかなり滑っていて、「可愛い~」みたいなんで終わってしまったんだけど(笑)。

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高嶺  僕が気になっているアボリジニーのダンスとか、イヌイットのビデオとかをいろいろ見せて、要するに自分の興味のあるもの、憧れているもののサンプルとして僕は見せたのね。
 その授業でずっと時間を一緒に過ごすわけだけど、「最終的に作品という形をとる必要はないから」とか言って、日常生活のレベルで何かおかしいとか、変えたいということが、どこでどう共有できるか、僕がやっているのは日常を再現するための技術じゃなくって、日常を変えるためにやってるんや、と。自分も変えないといけないと思っている、「フツーの生活」みたいなのがあって、その延長で作品作ってもしょうがないと思ってるんや、と。そんなことを話して。
 でも抽象的な話だから、なんだか皆ポカンとしていて。僕も言葉足らずで説明もへたくそだったから、ただの変な人、みたいに思われてたような気がする。
 で、どんどん授業に来る学生の数が減っていって、余計に分からない(笑)。どうやってこの後それを結実させていけばいいのかが、ほんまに分からなくなった時もあったけど、とりあえずワークショップで動いたりするのをずっと一緒にやってた。

アリ  高嶺はそういう身体的な訓練は受けてないよね。

高嶺  受けてないよ。だからバーレッスンなんかできないから、例えば他の授業でヨガのレッスンをやっている子がいたら、「やってやって」と言ってやってもらったりとか、まあ持ちつ持たれつ、思いついたことをその場その場でやったりしてた。

アリ  その辺は準備なし、行き当たりばったりな授業をわりとやっていたってこと?

高嶺  うん。プログラムは何も、始まる前には考えてないので、まあ顔を合わせてから。だから、僕も不安だけど学生はもっと不安やったんちゃうかな、今年も(笑)。学生にもワークショップをやってくれって言って、一人ずつネタを考えてきてもらって、例えば“目をつぶって絵を描く”というのをやる子がいたり、“いろんな発声をしてみる”というのをやった子もいたり、そういうのを何度かした。それで何か面白いものが出れば、というのと、あとやっぱりみんなが何に興味があるのかが知りたかったということ。

アリ  それって録画しとくの?

高嶺  ビデオ撮ってます。この子はこういうシチュエーションになったらこんな声で喋るとか、こうやってくれって言ったら、ああ、こんなことが出来るんや、ああすごいすごい、とかっていうのを。

アリ  じゃあもう他愛無い仕草とかも撮ってたり。

高嶺  そうそう。その情報の蓄積みたいなのを、僕は多分やってるんやけど。その時間がないと、いきなり面談とかで何の役やってくれ、みたいなのは……。

アリ  さっきの素人も含めてやけど、何見てたって誰見てたって、ずーっと見てたら面白くなるもんじゃない、人間って。面白い人が僕の周りに多いだけなのかもしれんけど。人間観察、面白いよね。

高嶺  すごい面白い。だから引き出しにその面白かったものを全部ストックしておくみたいな感覚で。

アリ  でもまあ裸にするのも含めて、よっぽど知り合わないと、出来ない関係がいっぱい築かれている。もちろんワークショップをさせて粒を立たせているというか、人間が現れるような、一人ずつを分かろうとしていろいろやってる。捉え方が違うやん。ダンサーとして駒として使っているんじゃなくて、やっぱり基本は共同作業っていうか、その子が出てくるように。

高嶺  基本的にはそうやね。でもすごく知っているわけじゃないからね。4月から週5コマずつ、7月終わりまで80時間くらいだけだし、人数も多いから、そんなに深く知り合えるほど時間はない。しかも一応先生と生徒っていう関係でもあるから、そんな立ち入った話とかもしにくいし。してたけどね(笑)。っていうかこう、「生徒のことを深く知ろうとしている先生」ってうざい、みたいなんあるやん。「知りたいって言うけど、一体なにを知りたいんですかぁ?」みたいな。「もっと仕事みたいにサバサバ付き合いたいんですぅ」みたいな。微妙な距離感やねん、お互いに。
 だからなかなか出て来なくて苦労してたの。4月から始まって6月いっぱいくらいまでそんな感じだったと思う。で、発表公演が近づいてきて、もう時間がほんとにないから、このままじゃあかんわと思って、こんなことしたい、こんなことしたい、っていうのをワーッとやっていった感じ。この時には一応、引き出しにはいろいろあったし。ふふふ。
 でもやっぱり一個の作品を作るっていう、それが始まってからは全く雰囲気が変わってきた。具体的な目標があるとないとでは、やっぱり違う。いい意味でも悪い意味でもそうだなと思った。


『アロマロア・エロゲロエ』詳解


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アリ  やっぱり枠組みを作った方が、楽に出来る。いかに引き出せる枠を作れるかが、高嶺の仕事になってくるよね。こういうシチュエーションがあるとか、こういう舞台があるとか。
 学内公演は日常生活の延長系みたいなものを見せている感があって、アイホール公演は大きなテーマ? 偽の大きなテーマを設定しているみたいなのがあるやん。チラシを作らないという呼びかけとか、レコード潰すとか、アメリカの政治的な話とか。アイホール公演の方をそういう大きなものにしているっていう感じって分かる?

高嶺  わかるわかる。でもさ、学内公演でもイラク戦争のテキストはあったんやんか。あれは実際あのテキストを舞台の中で読んで世の中に訴えたいっていう気持ちは全然なくてーーまあ全然ないっていうことはないかもしれんけどーーあの種の政治的に聞こえるようなテキストが舞台の上でほんまに言葉の意味として伝わるかどうかっていうことがやりたかった。

アリ  あれは聞いている方は試されている気分にはなるよね。ここから何かが起こるんか、それが繋がるんかどうかも分からないし。聞かなあかんのか。ずっと繰り返してるから、ほとんどBGMになってくるのか。

高嶺  うんうん。それで不快感を覚えた人も多かったみたいだし。舞台上であのテキストをやると、なぜか暴力的なんよね。テキスト自体が攻撃的なわけじゃないでしょ、ただ国際情勢について喋っているだけ。なのに、劇場に足を踏み入れた瞬間に言葉の暴力の中に入っていくような不快感があるでしょ。聞かなあかんのかなとか、理解せんとあかんのかなとか、そんなことを考えさせられると思うんだけど、それがなぜなのか、どんなトーン、どれくらいのスピードで喋るとどうなるのか、みたいなことが知りたかった。
 いろんな人に読んでもらって、この人が喋るとこんなふうに聞こえるなとか、「もう一回喋って」「もうちょっとゆっくり喋って」とか、いろいろやって。学内公演の時は女の子が喋っていたけど、あの子は独特のおっとり感のある子で、この子が喋ったら相当間の抜けた、変なものになるだろうなと思って読ませたら、意外とスーッと入ってくる読み方をするので、ああ、これいいなあと思って、じゃああなたこれやってくださいと。
 意味としての言葉と、舞台上で音声としての言葉の、その関係を見たい、そういうものとしてあれが最初にまずあるのね。学内公演はそうなんだけど、アイホール公演の時は、“チラシを作らない”という攻撃的なチラシを作ったから、それを説明するという責任が発生した。で、作品の中で普通に僕の声として、平易な言葉で、意味をちゃんと伝えるものとして話しているシーンを作らなきゃいけなかった。「言葉」が「意味」としてちゃんと伝わらないといけないシーン。その命題が入ってくることによって、全部の構成がおのずと決まってきた感じ。学内公演との一番大きい差はそれなんよ。

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アリ  でもそのわりには、その後の次回公演とかチラシに載せるような情報をプロジェクターで高速で流すところは、情報としては読みにくくて、ビジュアル重視だったと思うけど。ただ見せてるだけじゃなくて情報に埋もれていくくらい激しかったよね。

高嶺  あれはギャグやね。

アリ  あはは。その辺を読み切れない人は、わりと不快感を受けているみたいやね。もったいぶって、そんなことを話してあれだけ読みにくかったら、情報にもなってないし、みたいな。

高嶺  あっははは。まじめやね。読もうとするし(笑)。あの映像は、キャシーという友達がいて、コンピュータのことならなんでも出来る人なんだけど、彼のプログラムで作ってもらった。モーションテキストっていうのかな? あそこではつまり、言葉を補強することをやってる。
 その前のチラシのシーンって、すごい具体的な話題を扱っているわけで、それを言葉で言ってるわけでしょ。伝えたいことのそのまんまを言葉にするって、ある種安易で、もっともっと本当は言いたいことがあるわけよ、言葉にもならないことが。裏にいっぱい。それで、今話したばっかりのことを、ひっくり返すってわけじゃないけど、感情的になってもう一度言い直してみてる、って感じかな。もう一度同じことを言おうとして、叫んでしまったというか。だから矛盾して見えることもあるかもしれない。映像があがってきたとき、これはもらった、と思った。つまり、このヒステリックなトーンで全体走れると。あの映像で作品のトーンが見えた感じ。

アリ  作品の中では僕は女子のヒステリーが多かったと思うんだけど。叫ぶ女っていうのが3回も4回も……。それは意識的にやってるのか、女子がヒステリックなのか(笑)。

高嶺  そうかなあ。それはそんなに意識してなかったなあ。

アリ  僕はレコードを割るみたいな、ああいうモノを無駄にしたり潰されるのとかを観ると、普段はめっちゃ怒るんだけど、今回は意外と怒らなかった。たぶん過剰だから。それと、そこに意味付けを感じない。でも、やっぱりかなり意味付けがないとやりにくいことだと思う。

高嶺  レコードを割るっていうのは、中途半端にやったら絶対にシーンとして成り立たないから、「ちゃんと割ってあげる」ということをしなくちゃいけない。で、どうやって割るかっていうことを、けっこう練習してた。
 でもネットで買ったら、LP盤って今1枚10円くらいよ。僕はその10円になってることが、もう信じられへんショックやったからね。
 ただそこらへん、ちょっと学生と意識の差があったかな。今20歳くらいの子ってLP盤を知らんから、「先生、どうしてあれはCDやったらダメなんですか」っていう、とんちんかんなことを言う子とかいるねん。「私だったらCD割りますよ、先生」とかって。割っとけ(笑)。デジタルだっていう時点で、なんかもう、割ったところで意味がない。いや、あるんかな? 僕にはわからんわ。
 CDは家で焼けるし、焼いてもらったけどいらないと思ったら捨てたりもするやんか。LPって捨てられなかったからね、ずっと。スプレーをして拭いてからかける、みたいに大事にするものだったから。

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方法論


まき  松山大学ダンス部の学生を見てると、成長ぶりがすごいんですよね。ちょっと数ヶ月見てないだけで、――たぶん精神性の問題だと思うんだけどーー人間が変わると、やってることは同じなのに、すっごい良くなってたりするんですよ。まあダンスだからより分かりやすい。同じピースを時間をおいて見ると、同じはずなのに「うわ、なんかものすごい良くなってる!」っていうのが、テクニカルな部分じゃないところで起きているから、精神性の問題なんやろうなと思っていて、そういうのが高嶺さんが接している学生たちからも出てくるもんかなと思って。

高嶺  打ち上げの時に、泣きながら「なにかが変わったんだ」と訴える子がいて、まあ僕も泣いてたし、相当気持ち悪い風景だったと思うんだけど(笑)、それが本当なら嬉しいですね。でも、それは目には見えにくいから、たしかにここが変わったっていうのはわかりにくい。例えば裸になりたいっていうのも、いったいなんでそんなことになったのか、言い出しっぺの子らにきいても、「いやーなんでかなあ、それは言葉にはできないです」と。
 僕の代わりにチラシのことを喋っていた児玉君は、僕からテキストを渡されて練習してる時点ではあまりピンとこなかったけれども、ゲネではじめて脱いで目をつぶって歩いてみたときに、「うわーこういうことやったんや!」と全体がつながった気がした、と言ってた。身体でわかった、という感じがしたのは生まれてはじめてでした、と。全体的にそんな感じで、だから、なにか共有されたものはある感じなんだけど、それがなんなのか、みんなもわからないし僕もわからないから、なんか別れづらいというか。僕はアイホールの公演が終わってすぐにオーストラリアに1ヶ月いってたんやけど、かなり引きずってて、ずっとみんなに会いたかった。全然すっきりしてなかった。

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高嶺   僕は、舞台の演出ーーいや舞台じゃなくてもいいんだけどーー大人数が関わるものの演出をちゃんとやったことがなくって、だから、この授業を通じて自分なりの方法論を見つけたいというのがあったんです。で、共に時間を過ごしたことで何かが変わった、ということがもしあるのなら、それは自分で把握しておきたい。それはすごく知りたい。でも、なんか分かったっていうけど、なにが分かったのか、それが何によってもたらされたかがわからない、その回路が見えないから、毎年試行錯誤を繰り返してるって感じかな。ま、まだ2年ですけどね。あ、だから大変なのか(笑)。

アリ  そうやって方法論は今のところあんまり出来てないんだったら、来年は一般公募で、授業じゃない分もっと試されるよね。授業だったら単位もとらなあかんし、半ば義務的に来ることもあるけど、自主的にしか来ない場になるわけやんな。関係性がはっきりしているよね。この人から得るものがあるから来る。

高嶺  お金払わなあかんしな。あ、大学でもお金払ってるから一緒か。

アリ  時間もあるの?

高嶺  30回だか50回だかワークショップをするの。

アリ  そんなにあるんだ。なんや、素晴らしいな。対象は何人くらい?

高嶺  オーディションに来た人数によるんちゃう。たぶん落としたりはしないと思う。すごいコワい人とか来たら落とすやろうけど(笑)。

まき  応募してみよっかな(笑)。

高嶺  「自分を変えたいんです」(笑)。


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高嶺  アイホール公演の小屋入り前日に学生からメールが来て、「今びっくりドンキーでハンバーグを食べてんねんけど、私たち、脱ぎたいです」って。

アリ  学生から出てたんや。おもしろ。

高嶺  そやで。で、「えー?」って、「今そこに誰がいるの」って言ったら、「今3人でいて、3人ともその話で盛り上がってる」って。で、「それ本気か」って言ったら、「もうめっちゃ本気です」って(笑)。で、次の日にみんなを集めて、「ちょっと話がある」と。僕は嬉しかったからさ。ここまで来たんやって思ったから。話を聞いて、もしいいって言うんだったら、裸のシーンを作ろうと思う、と。
 そんな感じだったけど、「でも別にイヤだったらイヤって言ってもらってもいいから」って言って、一人一人聞いていったら、いろんな意見が出てきたんだけど、「脱ぐこと自体は別に構わないけども、それがどんなふうに見られるのかが気になる」と。イヤな裸もあるから、そんなふうにはなりたくないと。
 「どんな照明になるんですか」とか、具体的に質問も出るやん。で、僕はけっこう丁寧に話をしたんよ、裸になるということについて。いや、僕は絶対やった方がいいと思ったから。作品的なことじゃなくって、学生がこの時期、この年齢でやるっていうことが。絶対変わるしね。絶対によくなる。学校だって変わるかもしれない。でも正直まさか、全員がやるとは思ってなかった。おとなしい子もいるしさ。それが、じゃあ分かりましたと。全員脱ぐことになって、イエーイ(笑)。それでだいぶ皆のテンションがあがったんよね。「うわ、脱ぐんや」みたいな(笑)。なんかすごい嬉しかったなあ。

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アリ  ボリス・シャルマッツってフランス人ダンサーがアイホールで公演した時があって、それは裸になるってことがえらい前評判の作品で、日本では検閲がかかってパンツつけなあかんかって、裸で売っている感があってさ。それよりずっとずっと、ああ、ああ、なんか感慨深かった。裸もえらい自然な裸だったんよね。一緒に観に行った友達はさ、「あれどうなん?」って言ってたよね。パフォーマーの身体がたぷたぷで、ダンサーっぽい鍛えられた身体じゃない、みたいなことを言ってたんやけど、僕にはそれが美しかったんやわ。

高嶺  僕がだまして脱がしたみたいに思われてると思うけど(笑)。そうじゃないねん。ただの共犯(笑)。言い出しっぺの子には感謝してるわ。
 でも実際、裸って、見るのとやるのとではぜんぜん違うからね。批判するもされるも、やってない人にはわからないの、これだけはね。これも暴力に関係することかな。つまり、完全な丸腰を体験した人とそうでない人は違う。ものの見え方が全然違う。あと、あのシーンってラストやから、それまでにイラクだとかチラシだとかいろいろ言ってるやん、それらが全部、この裸のシーンに係ってくる、ということになった。そういう構造になった、そんな裸なんだ、それを考えてやってくれ、とみんなには話した。

アリ  「裸になりたいです」っていう関係にまでなるんやったら成功してる。ま、分かり合うのは不可能やからね。信用、信頼になってくるよね。それが大きいんよね。

高嶺  大きいと思う。大きいと思う。なんかヘンな関係よ。授業では一応「先生と生徒」っていう関係だけど、学外に出ればその冠がとれてフラットになる。その方が自然だしね。僕はもともと、学生だとか思ってやってないから。


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高嶺  あっ、裸になるで思い出したけどね、僕の周りで最近すごい裸になってて。

アリ  すごい裸になってるの(笑)?

高嶺  最近やった講座があって、パブリックとプライベートの関係性とか、その境界線辺りをやって欲しいっていうので、野外で裸になって写真を撮るのと、プライベートで性的なビデオを作るっていう2つをやったの。一般講座やから、いろんな年齢の人がいて、でも定員超えるくらい来たんよ。20人。

アリ  20人集まって、パブリックな場所で裸になって写真を撮ってきなさいと。男性女性入り乱れて20人?

高嶺  そう。でも写真を撮ってきたのは13人で、ビデオでもうちょっと減って10人くらいになったから、脱落者もいたんやけど(笑)。
 で、まず1日目が集まって説明会。僕は19歳の時にいっぺんストリーキングで四条河原町で捕まっているんだけど、その時の話とか、イスラエルの女友達が、家では家族全員ずっと裸だったっていう話とか。あと、スペンサー・チューニックの写真とか、自分の作品を見せて。

アリ  ストリーキングで捕まってるって、学生の延長線上で? 趣味(笑)?

高嶺  いや、もう20年くらい前の話だけど、大道具のバイトに行ってて、楽日で皆で大道具さんと打ち上げに行った時に、恐いおじさんたちに「お前脱げ」って言われて、「はいはい」ってパパッて脱いで、「じゃあ2軒目行くぞー!」って歩いてたら捕まった。最初のお店の人が通報したらしいんだけど(笑)。だから100mくらいしか歩けなかったんだけど……。なんていうんやろね、それまで感じたことのない新鮮な、このままどこまでもいける、みたいな感じになった。通行人もいっぱいいるんだけど、ああこの中で僕が一番自由なんだ、って。“自由”って、観念的な自由じゃなくて、体が自由になった、みたいな感じね。そんな話をした。
 あと、身体的なワークショップとかをちょっとやった。パブリックというものが、いわゆる屋外のパブリックもあるけど、ここに集まった“お互い”というか、写真を見せ合ったりするグループもパブリックだということもあるから、わりと親密な空間にしとかなあかんなと思ったから。目を見つめ合うとか、マッサージをするとか、コミュニケーション系をいろいろやった。
 で、みんな撮ってきたの! 写真の時がもうめちゃめちゃ面白くて、例えば30代半ばくらいの、すごい真面目そうな感じのOLの女の人が、「いつも朝通ってる通勤路でやってきました」って。朝8時半やで。すっぽんぽんでちゃりんこ乗ってな。四条烏丸やで! あの辺、朝8時半とかだから人がいっぱいいるんよ。そこを嬉しそうにパーッて駆け抜けてる写真。

アリ  写真? 笑顔? それは最高やなあ。それは誰かと組になって撮るの?

高嶺  その人がすごいのは、ちゃんとしてて、知り合いの写真家2人お願いして、この隅とこの隅で撮ってほしいと。その写真家の人は、「やりたいことは分かったけども、俺は捕まるのはイヤやから、赤信号に絶対引っかかったらあかんで」って。で、ちゃんとリサーチして、ここの信号を何時何分に青に変わる時に出発したら、1回も引っかからずにここのポイントまで行けるっていうのを何回かやって、それで撮ってるの。

アリ  ああもう最高やなあ。

高嶺  その写真は、周りのおっさんとかが、!%$?&@!みたいな顔で映ってんねん。すっごい面白い。
 40代の女の人は、過敏性皮膚炎で乳がんでおっぱいも切ってるし、身体的にコンプレックスがすごくあると。「大体そんな話を周りに出来る人がいない。私は一体どうしたらいいんですか」みたいなこと言ってた人が、市バスに寄り添ってピースしてる感じのを撮ってきて(笑)。「えっ、これは周りは人いなかったんですか?」って聞いたら、「いや、いましたけど」(一同笑)。「意外と平気でした。でもバックミラー越しに運転手さんとずっと目が合ってました」。この人、次の時は大股びらきで掃除機と戯れてるのとか撮ってきたから、もうびーっくりした(笑)。
 若い女の子は、ローソンの看板の上に上れるところがあって、そこがいいなと思ったから、上がって脱いでたら、向かいの通りに人だかりが出来てしまった、と(笑)。他にも、全身マヨネーズだらけになってたり、友達たくさん集めて応援してもらいながらマスターベーションしてたり、みんなめちゃめちゃや。でもほんまに面白かったわ、全部で3回しか集まってないんだけど。

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アリ  すごいな。ほんまにそんなん? 1回目で課題を出して説明をしたりして、2回目に写真撮ってきてくださいって言って、3回目ビデオ撮ってきてください。

高嶺  そうそう。あいだ2週間ずつ空けて。でも面白かったのは、自分の作ってきたものに対してコメントを1人ずつもらったら、皆むちゃくちゃ喋るねん。「もうね、私ね、ここに行ってこうしたらね、警備員さんに怒られて……、で、逃げてー」(一同爆笑)。「で、次はこんなところに行ったんですよー」みたいなの、すっごい嬉しそうに喋る。自分の作品をプレゼンするのに、こんなに嬉しそうな人なんて見たことないわ、っていうくらいに喋る。

アリ  震災でも、経験者は喋る時にみんな生き生きしてるのよね。生死の境をさまよった、そういう感じなのかもしれんけど、自分の身を張ったことをしたら、充実感がすごいんやね。僕は震災の時はいなかったから、経験談を聞くことが多いねん。聞くと、なんか一生懸命。わりとニコニコしてる。

高嶺  そうなんやろな。分かるなあ、それも。

アリ  いやー、めっちゃおもろいなあ。そんだけの短時間でそこまで出来るのがすごいよね。

高嶺  いや、よかった。世の中まだまだ捨てたもんじゃないわ。みんなあっという間に仲良くなってたしね。終わった後、「ずいぶん楽になりました、ありがとうございました」って感謝された(笑)。いやいやこちらこそ、と(笑)。

アリ  あの猥褻陳列で見せられなかった高嶺格氏が、って(笑)。

高嶺  「次はあなたを脱がします」(一同爆笑)。

アリ  じゃあ高嶺のいま興味あることは、精神的に人を裸にすることじゃなくて、物理的に人をどんどん裸にしていくことってことでいいんかな、結論としては。これからは人を脱がせてなんぼ(笑)。

高嶺  あはは。でもさあ、自分の作品でも裸はたくさんあるけど、どれもエロじゃないねん。いや、残念ながらほんまにそうやと思う。『木村さん』だって、あれがなんで検閲されるかって言うと、猥褻だからじゃなくて、猥褻じゃない裸だからだと思ってる。
 ミシェル・フーコーの言葉があってさ。学生にも、この講座でも話したんだけど、ええと、たしかこんな言葉。
 「人々が互いに愛し合いはじめることが問題なのだ。制度は虚をつかれてしまう」。
  ダムタイプの『S/N』で使われてたから知ってるんやけど。前後の文脈では、同性愛的な性のあり方がなぜ危険視されるのか、についての言葉やねんけど、『S/N』やってた頃にはずいぶんこのことについて考えた。で、まだまだ考え続けてるんやと思う。

(2006年12月17日 敬称略)

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