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【暑い夏14】アビゲイル・イェーガーWSを受講して

2015年04月15日

 A-1およびA-2ともまずは、華奢で小柄な彼女と共に車座になって、参加者の名前、このワークショップで何を学びたいか、それぞれのバックグラウンドなどを共有することから始まった。参加者はプロダンサーから初心者、学術研究者まで様々だ。いろんなバックグラウンドを持った人たちが、いろんな思惑でアビーのワークショップに参加していた。彼女はそれらを知る事によって、参加者一人一人ができるだけその目的にあったものを受け取れるように考えているようだった。
 ただ、私はアビーのバックグラウンドをほとんど知らない。今回の授業における彼女でしか彼女のことを知らないので、彼女の教えの基礎になっているというリリーステクニックというものが何かさえ未だによくわかっていない。実に不勉強なことだが、だからこそ、何の予備知識のない人にも、アビーが何を教えていたのかを、前提の知識を介在することなく伝えられるのではないかと思っている。
 A-1の授業では踊るということよりも、身体と力学の関係を学んでいたように思う。床を手の平や足の裏で押すことによって、力がどのように加わり、それによって身体の一点がどの方向へと向かい、連なる部位はどのように運ばれるのか。それはさながらダンス物理学の授業と言えそうだ。ダンスに於ける身体の連続性自体はよく語られるし、多くのダンサーによって意識される事だと思うが、アビーの場合はそこに重力が加わる。
 「ダウン(落ちる)」という言葉をよく聞いた。重力によって床へと引っ張られる力を使ってひとつの動きを作る事になる。本来重力に従うなら、私たちの身体は床に寝そべることになるが、立っている状態というのは、私たちが床を押す事によって重力に反発する力を生み出している。実際のワークは、ほとんどの動きを寝ている状態で行った。それはややもすると、睡魔との戦いを交えながらも、内的な力と外的な力の両方を巧みに使って、緩急をつけながら、連続した動きを作り出す訓練だった。
 もうひとつ重要なことは、筋肉の状態だ。力を正確に伝えるためには、身体の力を抜く必要がある。筋肉が収縮した、いわゆる「頑張っている」状態は、力の円滑な伝達を遮断するのだ。この状態にならないことを重ね重ね注意された。
 不思議に感じたのは、授業始めにアビーが行うストレッチだ。顔を掌で押さえながら顎のラインまで滑らせる、後頭部を指でポコポコと叩く、腕をチョップ、指の先どうしをぶつけるような拍手、ひたすら腹と丹田をグーパンチ。一見変わったストレッチが展開されて、最初はなんだろうと訝ったが、そう思いながらも続けていたある時、これら一連のメニューが終った頃には、身体の筋肉や皮膚感覚が起こされていることに気づいた。いや、もしかしたら既にこのストレッチの主旨は説明されていて、私が聞いてなかったのかもしれない。なにせこのストレッチの時間に、眠ってしまうことが多々あったからだ。
 ともかく我々は、重力と共に、関節や筋肉を柔らかく動かし、皮膚感覚を呼び起こし、眠気を誘うほど心身ともにリラックス状態を作り出した。今から考えると、この授業でやったこと全てがつまり、リリーステクニックというものだったのかもしれない。

 

撮影:下野優希
撮影:下野優希

  A-2の授業では、A-1で教えられた内容を実際のダンスに繋げる授業。つまり、重力をも含む力の起点から紡がれていく連続した動きをダンスとして成形する場だ。アビーの授業の特徴は、動きを論理的に解明しながら進めていく。実際動いている時間よりも、その説明を聞いている時間が長いかもしれぬと思えるほどだが、その論理的理解無くしては、よくわからぬまま身体を動かす事になり、アビーが真に教えたいことに繋がっていかないのだろう。
 アビーは、「要するに」という言葉を避ける。「この動きは要するに○○です」という言い方は、簡潔なようでいて誤解を孕みやすい。例えば、「この動きのときは、首を動かさないでください」とアビーが言うとすると、首を動かさないというのを首の筋肉を固めるという風に生徒が解釈してしまう場合がある。しかし、本来の目的は首の軸を保持してほしいということであり、首の筋肉を固めてほしいわけではない。そのために核心の言葉を敢えて使わないのだ。それが時に回りくどく感じることもあったが、ひとつの動作を行うための解説を、丁寧に外堀から埋めていくことによって、説明が核心に近づいた頃には、その動作が豊かな膨らみを伴ったものとなっているように感じた。
 あるダンスの振り付けを通して、その概念を身体に叩き込んでいった。振りを覚えようとする我々に、ひとつひとつの動きの論理的つながりを説明していくアビー。その動きは細かくて大きくてたまにトリッキーだ。番組を知らない人には申し訳ないのだが、まるで「ピタゴラスイッチ」のようだと言えば、その印象を理解してもらいやすいかもしれない。起点からの力の流れ、重力と、またその反発を使った動き。力点は、身体全体もあれば、身体のある一点からのものもある。それら一つ一つの物理的な作用が、混然と連続していく1つの動きとなるとき、その連なりは美的感覚を刺激する芸術性を持つ。ダンスの芸術性とはこういうことなんだと、改めて捉え直す良い機会となった。私のこれからのダンスに間違いなく影響するだろうと感じた、意義あるワークショップだった。

prof_abigailアビゲイル・イェーガー (U.S.A/North Carolina)ABIGAIL YAGER アビーの小柄で知的な雰囲気とウィットに富んだムーヴメントは誰もが魅了される。’95 –’02年トリシャ・ブラウン・ダンスカンパニーにてダンサーと音楽アシスタントを務める。また、トリシャ作品の振付・再構成をリヨン・オペラ・バレエなどの国際的なカンパニーで務める他、アンヌ・テレサ・ドゥ・ケースマイケルの主宰するP.A.R.T.S.(ベルギー)や、アメリカンダンスフェスティバルなど、名だたるアカデミーで同様のプロジェクトをディレクションしてきた。また韓国国立芸術大学、フランス国立振付センター(CCN)での指導など、ワールドワイドに活躍している。現在ノースキャロライナ芸術大学(UNCSA)で教鞭をとる。(KIDFホームページより)

楠 毅一朗(くすのき・きいちろう)

1973 年生。京都出身。2014 年に京都造形藝術大学を卒業。在学時は舞台芸術学科ダンスコー スに所属し、伊藤キム・寺田みさこに師事。現在はダンス技術向上のため、様々なダンスワーク ショップに参加している。

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