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【暑い夏14】C-2 『作品』とは何か‐多ジャンルを手掛かりに‐

2014年06月15日

1.はじめに

 筆者は大学入学後、ダブルダッチを始めた。ダブルダッチの活動を続けるうちに、しだいに関心がストリート・ダンスやジャグリングなどのからだやものを使ったパフォーマンス全般に広がった。また、練習中に偶然出会ったコンテンポラリー・ダンサーと話すうちにコンテンポラリー・ダンスにも興味を持ち、今回ワークショップに参加した。今回チョンさんのクラスを受講したのは「作品」とは何かについて興味があったためだ。筆者が行ってきたダブルダッチやストリート・ダンス、ジャグリングの世界では、作ったものは、ショーケース、デモ、ムーブ、ルーティンなどと呼ばれ、「作品」とは少し異なるイメージを筆者は持っている。「作品」と呼ばれるものには特別な意味があるのか、どうすれば「作品」と呼ばれるものが作れるのかという問いをワークショップの中での自身の創作の中で明らかにしたいと考えた。  今回は今までの自分の取り組みとワークショップで学んだこととを比較しつつ、「作品」とは何かについて考えてみたい。

 

2.新鮮だったこと

 チョンさんのクラスの中で、自分にとって興味深かった、新鮮だったものを3点挙げる。

 

Ⅰ.技ではなく動きという視点  チョンさんのいう動きとは始点と終点、その間の経路がきちんと決められているものである。筆者にとってはこれだけでとても新しいものに感じられた。筆者が行ってきたダブルダッチやストリート・ダンスにはない視点であった。例えばなわとびだと、縄をある通し方で行い、跳び終わったときに縄が足の下を通過していれば、その技が成功したということになる。そこではジャンプの予備動作や、空中での姿勢、跳び終わった後のからだの形は重要ではなく、技の基準を満たす動きができたかできなかったのみが重要なのである。技ではなく動きという視点のおかげで、再現性や動き同士の組み合わせを考えることができた。

 

Ⅱ.動きを時間の流れの中に配置していく考え方  筆者が行ってきたダブルダッチやストリート・ダンスでは異なる技をどんどん次から次へ行うことが評価される世界であった。そうした世界にいたことで筆者には一度行ったことを再び行うという発想がなかった。しかし「時間の流れの中で、さっき見たものと今見たものが見ている人の中で違う意味合いを持ちうる」というチョンさんの説明にとても納得がいった。

 

Ⅲ.動きを空間の中に配置していく考え方  筆者は、今まで空間の使い方を強く意識したことはなかった。パフォーマンスの大会で「舞台を広く使った方が良い」ということはしばしば聞いていたが、筆者は技の見えやすさによって、正面を向いて行うか横を向いて行うかといったことしか考えたことがなく、空間に対してどうアプローチするかという問題は非常に新鮮であった。

 

3.おわりに

 チョンさんのクラスで行われた動きの組み合わせ、時間や空間の中での配置といった全てのことに共通して、チョンさんが強調していたのは「自分のひとつの基準を満たすことだけ考える」というものであった。  ダブルダッチやストリート・ダンスでは既に多くの動きがひとつの「技」として確立されており、そうした技ができるかできないかといった面が強調され「自分の基準で行う」という面が見過ごされがちになっているのではないか。今回「作品」を「作品」とするのに重要だったものは、動きのそれ自体や時間・空間の中での配置が、自分の基準を満たしているものかどうかなのではないかと考えた。

 

撮影:下野優希
撮影:下野優希

1_JUNG YOUNG-DOOチョン・ヨンドゥ(韓国/ソウル)JUNG YOUNG-DOO 西洋的で高度なダンスメソッドと明確なコンセプトを併せ持つと同時に、東洋的に抑制された繊細な動きが彼の才能を裏付けている。Doo Dance Theater主宰。韓国新進気鋭の振付家であり、韓国を拠点に活躍している。韓国でも多くの賞に輝く他、「横浜ダンスコレクション・ソロ&デュオコンペティション」にて、「横浜文化財団大賞」「駐日フランス大使館特別賞」を受賞、フランス国立トゥルーズ振付センターにて研修する。’14年はJCDN国際ダンス・イン・レジデンス・エクスチェンジ・プロジェクトにて福岡に滞在予定。現在、立教大学 現代心理学部映像身体学科特任准教授。(KIDFホームページより)

阿部阿部翔吾 (あべ・しょうご) 大学入学後、ダブルダッチ(2本の縄を使ったなわとび)と出会う。単縄(1本のなわとび)やストリート・ダンスを取り入れ、縄とからだを使った新たな表現を模索している。京都大学教育学部4回生。

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